花屋敷の主人は蛍に恋をする
「アジサイの刺繍ですね。とても丁寧に作られていますね」
「花の刺繍を作っているのに、あまり花に詳しくないので。樹さんに見せるのは少し緊張してしまいますね」
「そうですか?………とても綺麗です。美しい花ですね」
「……………」
刺繍の事を話しているのはわかっている。
けれど、菊那はドキッと胸が大きく鳴った。それは樹がその言葉を菊那の方をジッと見つめて口にしたからだ。まるで、自分に言っているのではないかと錯覚してしまうほどに、微笑みの中にもまっすぐな視線があった。
どう返事をしていいのかわからずに、恥ずかしさのあまり菊那は視線を逸らしてしまう。すると、樹は「人気が出るのはわかります。そして、可愛いと言われるのも」と、今度はポーチをまじまじと見てくれた。
「ハンドメイドの仕事、本業になれるでしょう。私は、そう思いますよ」
「っ………!本当ですか?!」
「えぇ。裁縫の事を詳しいわけではないですが、私も素敵だなと思います。花の事で知りたいことがあったらぜひ聞いてくださいね。応援しています」
「ありがとうございます………。樹さんにそう言われると、とっても安心します。それに力にも」
「それは良かった」
突然始まった旅に戸惑いが大きかった。けれど、こうやってとりとめもない話を楽しめるだけでも、肩の力が抜けてリラックス出来た。それに、樹に褒められる事は大きな自信になっていた。
彼に認めてもらえると、心の奥が暖かくなるのだ。それはやはり樹を「気になっている」証拠なのだろうか。
菊那は隣に座る樹をちらりと盗み見る。
確かに始めは容姿に魅了された部分も多かったかもしれない。けれど、子どもに対等に関わる姿や花や紅茶の事を楽しそうに話す笑顔、ミステリアスな雰囲気。そして何よりも優しい物腰と性格に惹かれた。
考えないようにしても、隣に居れば自然とそんな思いが頭をよぎるのだ。