花屋敷の主人は蛍に恋をする
(………ダメ。今は、考える事ではない)
そこまで気持ちに逆らえずに樹の事を思ってしまったが、菊那はギュッと手を握りしめた。爪が手のひらに食い込み痛みを感じる。
きっと彼の事を考えるのは、向日葵の種の事を考えるのが怖いからだ。
そう思って、菊那は樹から視線を離し、窓の外を見た。そこには、もう雲しかない世界に景色が変わっていた。
あと数時間後にこの景色はどう変わっていくのか。
菊那はそんな事を考えて、ゆっくりと深呼吸をしたのだった。
空港に到着して感じたのは、心地がいい温かさと、少し強めの春風だった。
菊那達が住んでいる場所よりも大分南の方にあるため、もうすっかり春の雰囲気に包まれていた。
空港からは樹が手配してくれていたレンタカーを借りて移動する事になった。
「ここから少し離れた場所にあるので、菊那さんは休んでいてもかまいませんよ」
と、樹は言ってくれたが、菊那は初めて降り立った土地の景色が新鮮で、長い時間のドライブを楽しんだのだ。
始めは街の中を走っていた車も、少しずつ郊外へと移動し、少しずつ田園や山が増えてきた。
「樹さん……山の方へ向かっているのですか?」
「そうですね。ですが、実はもう目的地は見えているのです」
「え………」
菊那がキョロキョロと周りを見ると、お洒落なログハウスのような造りの一軒家とビニールハウス、そしてその周りにはまだ何も植えられていない農地があるだけだった。そのため、自然と目的地はわかってしまう。
菊那がその家とビニールハウスを見つめる。少しずつその場所が近くなっていくと、菊那の目にも鮮やかな黄色が見えた。
「ここは………向日葵畑……ですか?」
「もうわかってしまいましたか。そうです。菊那さんに、どうしてもここに来て欲しかったのです」
ビニールハウスの前で、車を停車させた樹は、驚いた表情を見せる菊那を見て、とても優しく微笑みながらそう言ったのだった。