花屋敷の主人は蛍に恋をする
「僕が手紙だけ残して転校しちゃったから。勘違いをしてしまうのも仕方がないよ。それより、菊那は僕がいなくなってから大丈夫だった?また、いじめわれなかった?」
「うん。それは大丈夫。いじめていた対象の人が突然いなくなって、少しヤバイと思ったみたいで。前みたいに話すことはなくなったけど、笑われたりバカにされたりはしなかったよ」
「……ずっと心配してたんだ。よかった………それを聞いて安心したよ。そして、僕がプレゼントした向日葵の種。まだ大切にしてくれていたんだって?」
「………うん」
菊那は隣りに静かに座っていた樹に視線を向ける。彼はゆっくりと頷いて内ポケットから布に包まれた小瓶を取り出した。もちろん、中身は菊那が預けていた1粒の向日葵の種だった。
「んー………僕が絵に描いた向日葵で、学校にあったものなんだけど。大きいものだったから、たぶん品種はロシアなんだけど。………うまく育ってなかったかな」
「向日葵は1本だけだと受粉は難しく近くの交配可能な品種の花粉を貰わなければいけないので……もしかしたら周りにそういう向日葵がなかったのかもしれませんね」
「うん。僕もそれを考えたんだ。………だから、もしかしたらこの種の中身は空っぽかもしれない。………菊那、割ってもいいかな?」
菊那は少し迷ったけれど、「うん」と頷いた。
確かに何年も持ち歩き大切にしてきた種。毎年1粒ずつなくなってく寂しさと、彼を思い出す鍵となっていた大切な宝物。 それがなってしまうのは、やはり悲しくものだ。
けれど、日葵は目の前にいる。もう、最後の種だからと不安にならなくてもいいのだ。