花屋敷の主人は蛍に恋をする



 「普段は門を開ける事はほとんどないのですが、来客があってその人が閉め忘れたのでしょう。玄関まで送らなかった私のミスですね」
 「では、その門から少年が入ったのですね」
 「はい。おそらくそうでしょう。あの花は必ず返して貰わなければいけません」
 「………あの花は特別なんですか?」


 菊那は不思議に思い、彼にそう問い掛けた。
 こんなに立派なお屋敷と庭を持っているのだ。1つぐらい花を取られたからと言って、騒ぎ立てるような事ではないだろう、と思ってしまったのだ。だとすると、そのチョコレートコスモスの1輪の花は特別だというのだろうか。
 菊那が口を開こうとすると、それより先に男の声が耳に入ってきた。


 「庭にある全ての花が大切なんですよ。どれ1つとして誰にも渡す事は出来ないんです」
 「どれ1つとして………」
 「えぇ、そうです」


 その意味深な言葉を聞いて、菊那が思い付いたのは、この花屋敷の噂だ。馬鹿げた話かと思っていたが、本当に男は魔法が使えたり、時を止める事が出来るのだろうか。だからこそ、そんな特別な力を使った花達をどうしても取り戻さなければいけないのではないか。
 普通なら信じないような話を、菊那はその時だけは信じてしまった。
 それは目の前の庭と、今の状況が非現実的だったからかもしれない。

 すると、「はい。大分綺麗になりました」と、満足そうにそう言った男は、泥のついたタオルを持って、菊那の向かい側に立った。ジャケットのボタンを外し、ジャケットを裾を手で払いながいながら上品にソファに座る姿は、お洒落な映画のワンシーンのようだった。



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