花屋敷の主人は蛍に恋をする




 それを聞いた樹は驚いた顔をした後に、「すみません。あなたにそんな事を言わせてしまって……」と耳元で囁いた後、菊那の片手を取り、手を握ってくれたのだった。菊那は声を上げてしまいそうになるのを必死に堪えて、樹の背中を見つめた。


 「それでは、こちらでお願いします」

 
 樹は1つのカードキーを受けとると、菊那の手を繋いだまま歩き出した。フロントスタッフの「ごゆっくりお過ごし下さい」の言葉は、菊那の耳には入ってこなかった。


 「先ほどはお気遣いありがとうございました。………ですが、本当によかったのですが。こう見えても男なのですよ?」
 「わかってます………。ですが、樹さんなので、いい………って思ったんです」
 「………ありがとうございます」


 樹がクスリと笑った時に、繋いだ手の力が強くなるのを感じ、菊那は恥ずかしくなり、視線を逸らした。
 ポンッと音がして、目の前のエレベーターの扉が開いた。
 自分の手が熱くなっているのか……彼の手が熱くなっているのか。菊那は繋がれた部分が熱くなっているのがわかった。どうか、彼も同じ気持ちであって欲しい。そんな風に思った。


 「1度、ここのレストランを利用したことがあるのですが、とても美味しいのです。野菜が多めなのですが、しっかりお腹も満たされます。あぁ、菊那さんの嫌いなものとかありますか?」
 「………生物以外でしたら。すみません、それだけはどうしても苦手で」
 「わかりました。私も苦手な物はありますので、仕方がない事です」
 「樹さんの嫌いなものは甘いもの、ですか?」
 「……バレていましたか」


 樹は苦笑しながらも、声のトーンが花の事を話している時のように明るくなっている。菊那は緊張しながらも、目の前の彼との会話を楽しんだ。




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