花屋敷の主人は蛍に恋をする
そして、緊張しながら部屋へと向かい、樹がドアを開け「どうぞ」と言って促してくれたので、冷静を装ったまま部屋へと入る。すると、菊那の緊張した気持ちは目の前の景色を見て吹き飛んでしまった。
夕焼け色に染まった空が見える部屋で角部屋なのか、大きな窓から真っ赤な窓が見えた。そして、ソファや豪華な装飾のある机、そしてダイニングのような長いテーブルや簡易キッチン。菊那が今まで泊まったホテルとは全く違う部屋が出迎えたのだ。
「い、樹さん………ここってまさか………」
「最上階の部屋になります。私も初めて泊まりますが、とてもいい景色ですね」
「スイートですよね!?……そんな……こんな立派なホテルに泊まる事だけでも大変なのに……スイートなんて……」
「私にかっこをつけさせてください。それに、私もここに泊まってみたかったのです」
「………樹さん」
そう言うと、樹は菊那が手に持っていた宿泊用のボストンバックをひょいと取り、菊那の手を引いて歩き始めた。
「夕食まで時間があります。ベットルームでゆっくり休んでいてください。あぁ、服が心配でしたら着替えてもかまいませんよ」
「や、休まなくても私は大丈夫です!」
「私は別室で仕事をしてますので。時間になりましたら起こします。ゆっくりしていてください」
菊那の必死な言葉も虚しく、樹は笑顔で菊那に小さくお辞儀をした後、ベットルームから去っていってしまった。
扉はないので、部屋としては繋がっているが、ここからは窓しか見えなかった。
「……しっかりお礼も言ってないのにな」
そう言いながら、菊那はゆっくりとベットに腰を下ろす。ふんわりと弾力のあるベット。その感覚を味わってしまうと、横になってしまいたくなる。ポフッと頭を枕に落とした瞬間。体の重くなるのを感じた。
今から寝てしまうのであれば、日葵と再会出来たのも、樹と同室で泊まる事になったのも、すべて夢ではないのだ。
「………今日は、幸せな日だな……」
うとうとしながら、菊那は言葉を漏らすと、ゆっくりと目蓋が落ちてきた。
遠くからカタカタと樹がパソコンのキーボードを打つ音が聞こえてくる。
本当に樹が傍にいる。
そんな安心感と幸福感に包まれながら、菊那は眠りに落ちたのだった。