きみがため
「この辺りにしよう」

人混みが少ないところにスペースを見つけ、桜人に声をかける。

昨日の雨のせいか、土手の芝生は少し湿っていた。

見ると、あたりの人々はレジャーシートや折りたたみいすを用意していて、万全の構えだ。

しかたなくバッグの中を漁って、ハンカチと、コンビニのビニール袋を取り出し、敷物代わりにした。

スマホを操作し、いつ花火が打ち上がってもいいよう準備する。

「暑いな。子供の頃、花火を見に行ったらどんなだろうと思ってたけど、こんなに暑いと思わなかった」

空を見上げながら、桜人が言う。

彼の言うように、ただでさえ気温が高いのに、人々の熱気や屋台から流れる煙が相まって、座っているだけで汗が噴き出すほど蒸し蒸ししている。

「桜人は、どんな子供だったの?」

ふと、聞いてみた。

知ってるのは、子供の頃本ばかり読んでたということと、花火大会に行ったことがないということだけ。

「すげえ、嫌な子供だった。周りを困らせてばかり」

自嘲するように笑いながら、桜人が答える。

「そうなの? 想像もつかない」

「……今は、すごく後悔してる」

そう言った桜人の声が独特の重みを孕んでいて、私は一瞬、呼吸するのを忘れそうになる。

川面に向けられた桜人の横顔が、消え入りそうなほど儚げで、本当に消えてしまうんじゃないかと心配になった。

そんな彼に、光の面影が、ふと重なる。

病気のつらさゆえに、私に冷たく当たり、それを謝ってきた光。

桜人が周りを困らせてしまったのも、もしかしたらなにか理由があったのかもしれない。
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