きみがため
緩んだ緑色のネクタイに、白のワイシャツ、肘まで捲り上げられた袖。

十月に入ってから衣替えがあったため、冬の制服姿の桜人は、重いものでも運んでいたのか額に汗を滲ませていた。

「はると……」

私と目を合わすと、桜人はほんの少しだけ微笑んだ。

目の奥に優しさが滲んでいて、見ているだけで胸の奥が和む。

「文集取りに来た」

あの花火大会の日、ともに過ごしてから、桜人はときどきふたりのときにこうやって笑ってくれるようになった。

教室でも、文芸部でも見せない、私だけにする特別な顔だ。

桜人の視線が、私の手もとで開かれた文集に移った。

最終ページの彼の詩を読んでいたことに、気づかれたようだ。

「詩、読んだよ。今回のも好き」

「……ふうん、そう」

そっぽを向いて、素っ気ない返事をする桜人。

だけどもう私には、彼が照れているのが、すぐに分かった。

部室内に足を踏み入れた桜人は、長机の上に重ねられた文集を手に取り、そのままパラパラと捲る。

そして「川島先輩の、ながっ……」と苦笑した。

本の香りに包まれた部室は、日暮れとともに、青に染まっていく。

暗いけど、まだ闇になりきれていない昼と夜の間のひととき。

特別な一日が終わろうとしている安堵感と寂しさが、胸に押し寄せた。

「桜人は、いつから詩を書いてたの?」

立ったまま文集に目を落としている桜人に聞いてみる。

「小学校の頃から」

「そんな前から?」

うん、と桜人は頷いた。

「詩を書くことは、俺の日常の一部みたいなもんなんだ」
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