きみがため
喜びも、悲しみも、恥じらいも、切なさも。

彼のすべてを知りたい。

そして、寄り添いたい。

ぼんやりと、再び、桜人の書いた詩に指を馳せる。

真っ白な紙の上に浮かぶ黒い文字のひとつひとつが、泣きたいくらい愛しいものに思えた。

「桜人の書く詩は、初めて見るのに、そうじゃない気がするの。なんだか懐かしい」

言葉は、文字は、命だ。

桜人の命を、私はどうしようもないほどに抱きしめたい。

「桜人は、天才かもしれない」

「なんだよ、それ。大げさだな」

ふっと、桜人が笑った。

笑うと少し幼い印象になるのは、最近知ったことだ。

「桜人は、卒業したら、文学部に進むの?」

それは、当然のことのような気がした。

幼い頃から文学が好きで、詩を紡ぐことが好きな彼は、これからも文学に寄り添うのだろう。

だけど桜人は、「まだ決めていない」とそっけなく答える。

「お前は?」

「私? 私は就職する。うち、お金ないし」

微笑んで答えると、桜人はうつむいた。

暗いせいで、その顔はよく見えなかったけど、少しだけ変な間があった。

それから桜人はスクールバッグに文集を入れると、バッグを持っていない方の手を、当たり前のように私の方へと差し出す。

「――もう戻ろう。暗くなるから」

「うん」

私はごくごく自然に、その手を取った。

桜人の大きな掌に包まれると、途端に、身体中が生気を取り戻す。

花火大会のときからずっと、そうだった。

今まで宙ぶらりんの掌で生きてきたのが、嘘みたい。

掌と掌が繋がって、互いの体温を感じている方が、自然な気がした。

桜人もそう思っていてくれたなら、うれしい。
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