きみがため
お母さんと光と連れ立って、桜人の様子を見に、五階に向かう。

桜人は青白い顔で、日当たりのいい病室に横になっていた。

頬に貼られたガーゼが痛々しい。

するとお母さんが、桜人の顔を見るなり、どういうわけか「この子……」と震え声を出した。

「知ってるわ……」

驚いて、私は隣に立つお母さんを見た。

桜人が同級生だということが知られるのは時間の問題だけど、まだ話していない。

だから、お母さんが桜人を知っているわけがない。

「一年位前だったかしら。家に来たの」

「一年前……?」

一年前というと、私と桜人は別々のクラスで、まだ話すらしたことがなかった頃だ。

「お金の入った封筒を出してきて、必死に謝られたの。お父さんが亡くなったのは、自分のせいだから、どうか使って欲しいって……。バイトで貯めたって言ってたわ。もちろん、あなたたちのお父さんが亡くなったのは彼のせいじゃないから、断ったけど……」

驚くべき事実に、しばらくの間、私は声すら出せないでいた。

桜人はなぜ、お父さんが亡くなったのは自分のせいだと思っているのだろう?

彼は、ずっとずっと、何を抱えて生きていたのだろう。

呆然と立ち尽くす私の脳裏に、お父さんが亡くなった日の光景がよみがえる。

茜色に染まるロータリー。

あのとき、光の手を引きながら、泣きじゃくりたい気持ちを抑え込み、背後に佇む病院を見上げた。

入院棟の二階から、男の子がじっとこちらを見ていた。

だけど動揺のあまり、そのとき私は、彼のことを考える余裕なんてなかったんだ。

彼とはたしか、樫の木の生い茂る入院棟の中庭で、一度だけ遊んだ。

たった、一度きり。

それも、お父さんが亡くなる前日に。

だから忘れていた。

多分、あれは――まだ子供だった頃の桜人だ。
< 167 / 194 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop