きみがため
気づけば私は、本を目で追いながら、ストンと床に体育座りをしていた。

不思議と、居心地が良かったからだ。

行ったことのない部室に、初めて会うふたりの生徒。

そのはずなのに、ずっと前からこの場所を知っていたかのような心地になっていた。

「よかったら」

ふいに、声がした。

見れば、胡坐を掻いて『ドグラ・マグラ』を読みふけっていた田辺くんが、冊子のようなもの私に向けて差し出している。

「去年の文集です。僕のは今年入部したばかりなので載っていませんが、入部を決める際の参考になるかと」

「あ、ありがとう」

私が文集を受け取ったのを見届けると、田辺くんは、また本の世界に戻っていった。

紫色の薄い冊子には、去年の年号、そして『県立T高校文芸部』と書かれてある。

日付が秋になっているから、おそらく文化祭に合わせて作成されたものだろう。

この文集の作成が、文芸部の一番目立った活動なのかもしれない。

パラリとページをめくる。

一センチにも満たない厚さのその冊子には、部員たちが、思い思いに文字を綴っていた。

短編小説、エッセイ、随筆、詩。ひとつとして同じものはない。

好きなように、書きたいように。そこには多種多様の個性が輝いていた。
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