きみがため
クラスの人は何も言ってこないけど、みんなやっぱり分かってたんだ。

私が“普通”から外れかけていることに。

唇を引き結び震える私を、小瀬川くんは、変わらずしかめ面のまま見つめていた。

その理知的な瞳には、臆病な私のことなど、すべてお見通しなのだろう。

「……小瀬川くんには、わからないよ」

いつの間にか、反抗心が胸の奥から湧いてきた。

「普通でいられなくなる気持ちなんて……」

「……普通って、なに?」

小瀬川くんは、私の卑屈な声にも、あくまでも淡々と返事をする。

「普通が、そんなに大事?」

私は、引き結んだ口元を震わせて、小瀬川くんを見た。

「大事だよ、私には大事。だって……」

言いかけて、言葉をつぐんだ。

家庭環境が普通じゃないから、せめて学校では普通でいたい――美織と杏にも頑なに秘密にしているのに、今日初めて話したクラスメイトに、そんなことは言えない。

押し黙ったあとで、恐る恐る小瀬川くんを見上げる。

真剣な目をした彼の顔が、そこにはあった。

眉根を寄せているのは、おそらく、私の気持ちが伝わっていないからだろう。

ひとりでいることが平気な彼にとって、ハブられる疎外感なんて理解できないと思う。

だから、絶対になにか言い返してくると思った。

寡黙に見えて、彼は意外とズバズバと言う人のようだから。

だけど小瀬川くんは、しばらく無言を貫いたあとで、顔を上げて辺りを見回す。

視界のあちらこちらに映るネオンの灯り、通り過ぎるサラリーマンたちの笑い声、どこからか響く車のクラクションの音。

夜の深まった街は、すっかり私の知らない世界に変貌していた。ふと感じたことのない不安感を覚えたとき、小瀬川くんがおもむろに立ち上がる。
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