きみがため
困惑していると、しびれを切らしたのか、小瀬川くんが勝手に私の肩からボストンバッグを奪ってしまった。

そして、代わりに自分の肩にかける。

百八十センチを超えている彼の肩にあると、百五十二センチの私の肩ではあれほど大きく感じたボストンバッグが、なんだか小さく見えた。

「立って。帰るんだろ?」

「……あ、うん」

そのとき、小瀬川くんは代わりにバッグを持ってくれたんだと私はようやく理解した。

優しく助けてくれたかと思えば冷たくなり、また優しくなるなんて。

コロコロ変わる彼の態度が理解できなくて、困惑してしまう。

「……いいよ。なんか悪いし」

「また倒れられたら困るから」

そう言うと、小瀬川くんは私をその場に残して、先に歩き出した。

「え? 待って……」

慌てて、彼の背中を追いかける。

小瀬川くんは歩調を緩めないまま、迷わずバス停で足を止めた。

「……小瀬川くんもこのバスなの?」

「そう」

知らなかった。

だとしたら、小瀬川くんのバイトと私が光のお見舞いに行く時が重なったとき、バスが一緒だったことがあるかもしれない。

小瀬川くんは、まるで私の心を読んだみたいにボソリと言い放つ。

「バスで、何度も見たことあるから。……水田さんのこと」

名前を呼ばれたことにドキッとして、思わず隣に立つ小瀬川くんを見た。

同じクラスなんだから、名前くらい知ってるのが当たり前だけど、クラスメイトに興味がなさそうな彼の口から出たのが意外だったんだ。

きっと、私が病院に行っていたことも、知ってるんだろう。

どうして病院に行ってるのか聞かれると思ったけど、小瀬川くんはそれ以上何も言ってはこなかった。

数分後に到着したバスに、ふたりで乗り込む。バスはガラガラで、私は乗ってすぐのところにあるひとり席に座った。小瀬川くんは、私から通路を隔てた、ふたり席に座る。

小瀬川くんはなにも話さない。

私も、なにを話したらいいのか分からない。

バスのエンジン音と、ドアの開閉する音、そして車窓さんのアナウンスだけが、繰り返し響いていた。小瀬川くんは窓の方を見て、私を見ようともしない。

通路を隔てているとはいえ一応隣同士だし、さすがに気まずい。

「……あの」

バスに乗って十分くらい経ったところで声を掛けると、小瀬川くんはようやくこちらに目を向けた。

「バイト、いつからしてるの?」
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