きみがため
「とりあえず入ったら? 水田さんも、飯食べに来たんだろ?」

小瀬川くんが、また見透かすような色を瞳に浮かべた。

それ以上は何も言わず、じっとこちらに顔を向けているだけの小瀬川くん。

窓から入り込んだ風が、彼のモカ色の髪を揺らす。

彼の視線で、なんとなく理解した。

話したこともなかったのに、私の心を暴いた小瀬川くんは、多分わかってる。

私が美織と杏から離れて、ひとりでお弁当を食べにここに来たことを。

私は後ろ手にドアを閉めると、部室に足を踏み入れた。

入ってすぐのところに置かれていたパイプ椅子に座り、長テーブルの上にお弁当の入った袋を置く。

小瀬川くんは、私に興味が失せたかのように、おにぎりを食べながら再び窓の外に目を向けていた。

なんでわざわざ文芸部の部室で食べてるの?とか、いつもここで食べてたの?とか、小瀬川くんに聞くべきことはいっぱいあった。

だけど、腰を落ち着かせた途端に先ほど聞いた美織と杏の声を思い出し、他のことはなにも考えられなくなる。

『え。なにあれ、感じ悪い』

『他に食べる人いないだろうから、わざわざ一緒に食べてあげてたのにね』

――もう、完全に終わりだ。

ひとりの私は、学校でも“普通”の存在じゃなくなってしまった。
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