きみがため
そう思ったとき、ガタン、と大きな音がする。

寝ていたはずの小瀬川くんが、立ち上がったのだ。

小瀬川くんは、今の今まで寝ていたのが嘘のように、しっかりと私たちに顔を向けた。

アーモンド形の瞳に、筋の通った鼻、男子にしては色白の肌。

身体つきはスラリとしていて、クラスでも一番背が高い。

――あ、目が合った。

というより、睨まれた。

小瀬川くんはすぐに私から目を逸らすと、席から離れて教室を出て行ってしまう。

彼のいなくなった机の向こうでは、真昼の光に包まれた新緑の植え込みが、サワサワとまるで噂話でもするようにさざめいていた。

「うわ。真菜、今睨まれなかった?」

杏の声に、私はどうにか頷く。

「睨まれた……気がする」

「真菜が、まだ名前覚えてないみたいなこと言ったからじゃない? 普通さ、この時期ならさすがに覚えてるじゃん」

美織が、少し軽蔑するような口調で言った。

「小瀬川くん、ちょっと怖いよね。顔はかっこいんだけどさ」

「それに、とっつきにくいしね。男子の誰ともつるんでないみたい」

「でも、顔はいいんだよね」

「そうそう、もったいないよね」

心底残念そうに、言葉を交わす美織と杏。

それからすぐにふたりは小瀬川くんのことは忘れ、昨日LINEで話したらしい会話の続きを始めた。

途端にふたりの空気ができあがってしまって、私は疎外されてしまう。
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