きみがため
「ごめんね、真菜。役員決めのとき、何も言えなくて」

その日の昼休み、お弁当を持って廊下に出るなり、夏葉が謝ってきた。

「そんな、気にしないで。夏葉は何も悪くないから」

「でも私、代わりにやるっていうこともできたのに、言い出せなかった。真菜、忙しいのに……」

廊下を歩みながら、遠慮がちに言う夏葉。

その声色が優しくて、私は思わず泣きそうになった。

母子家庭で、お母さんに代わって家のことをしないといけないとか、病気がちな弟がいるとか、夏葉にはまだ言ってない。

だけど夏葉は、きっと勘づいてくれている。

そのうえで、あえて聞かないでいてくれる。

自然と、笑みが零れていた。

こんなふうに優しく笑えたのは、いつぶりだろう。

「……本当に、大丈夫だよ。ひとりじゃないし。ありがとう、夏葉」

夏葉は、うん、と頷いて、「小瀬川くんがいるもんね」と言った。

「小瀬川くん、ああ見えてしっかりしてるから大丈夫だよ。同中だったから、それは知ってる」

「そうだったんだ」

初めて知る事実に、少し驚く。

「小瀬川くん、中学のときはね、生徒会長やってたの。だから文化祭実行委員くらい、お手のものだよ」

「小瀬川くんが、生徒会長?」

あの誰ともつるまない、一匹狼の小瀬川くんが生徒会長? 想像もつかない。

「うん。彼、中学のときは明るくて、クラスのムードメーカーで、人気者だったんだよ。勉強もできて、かなりモテてたし。高校になってから、ガラッとイメージ変わっちゃったけどね」

どうしてだろ?と夏葉が首を傾げる。

「そうなんだ……」

明るくてムードメーカーの小瀬川くんなんて、今の彼からは想像もつかない。

性格が変わってしまうほどのなにかが、彼の身に起こったのだろうか……。

なんともいえないモヤモヤが、胸の奥に渦巻いていた。
 
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