きみがため
小瀬川くん――桜人が文芸部だって知ってから、短時間でも、毎日放課後に文芸部に行くようになった。

彼のことを、知りたいと思ったからだ。

いつも私の心を暴く彼。

高校に入ってから、イメージが変わったらしい彼。

人の心を揺さぶる詩が書ける彼。

そういった全てが、興味深かった。

桜人は、二日に一回ぐらい文芸部に顔を出した。

前からそれぐらいのペースで部活に来ていたのかと思ったけど、田辺くんが言うには「先輩、最近よく来ますね」とのことなので、そうでもないみたい。

ある日文芸部に行くと、珍しく川島部長も田辺くんもいなかった。

窓辺のいつものパイプ椅子で、桜人がひとり本を読んでいるだけだ。

お昼ご飯を部室で食べていたときぶりの、ふたりきり。

なんとなく緊張してしまって、長テーブルにバッグを置きながら言葉を探す。

「部長と田辺くん、来てないね」

「ああ」

「今日、バイトあるの?」

「六時から。ここで、少し時間潰してから行く予定」

「ふうん、そうなんだ」

そうだ、私も光のお見舞いにいかないといけなかった。

「じゃあ、私も桜人と一緒に帰る」

そう言うと、桜人が顔を上げ、こちらを凝視した。

ほんの少し動揺した顔をしていて、気のせいか顔が赤い。

「あ……」

言葉が足らずだったことに気づいて、私は慌てた。

これじゃあ、ただただ桜人と一緒に帰りたがっているだけみたいじゃないか。

それから、本人に言われたとはいえ、初めて彼を下の名前で呼んでしまったことを、今更のように恥じらってしまう。

「K大付属病院に、弟が入院してるの。だから、お見舞いに行かないといけなくて……。ほら、同じ方向だから」
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