きみがため
放課後。

部活に入っていない私は、いつものようにすぐに学校を出ると、バスに乗った。

私の家から学校までは、バスで四十分くらいかかる。

しかも今日は、家の最寄りのバス停で降りず、そのままバスに乗って行かなければいけないところがあった。

バスを降りた先は片道二車線の大通りになっていて、スーパーや青果店が並ぶ向かい側に、大型の駐車場を備えた病棟が何棟か建っている。

K大付属病院。

私にとっては、思い入れの深い病院だ。

六年前にお父さんが亡くなり、そして、今は弟が入院しているから。

小児病棟の二階にある大部屋の一室。

『水田光』という名前を入り口のプレートで確認してから、なるべく音をたてないように、足を踏み入れた。

各々のベッドがある場所にはきっちりとカーテンが引かれ、そこここからコソコソと声がしている。

ときどき聞こえる、声を潜めたような楽しげな笑い声。

弟の光がいるのは、窓側の奥のベッドだ。

カーテンの端から、そうっと顔を覗かせる。

光は、布団もかけず、大の字でベッドに横になっていた。

眠っているわけではなく、かといって何かをするでもなく、ただ宙を見つめている。

窓から降り注ぐ夕方の光が、まだあどけなさの残る小学五年生の光の空虚な顔を照らしていた。

栗色の髪も、大きくも小さくもない目も、見るたびに自分によく似ていると思う。

「光」

声をかけると、光はちらりとこちらに視線を向けた。

「洗濯物、替えに来た。調子はどう?」

「ふつう」

「ゲームはしないの? 持ってきてるんでしょ、スイッチ」

「しない」

「何か欲しいものある? 次来たとき、持って来るから」

「べつにない」
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