きみがため
意を決して謝ると、不可解な顔でふたりは顔を見合わせた。

「ふたりはいつも、私と仲良くしてくれたのに、うまく喋れなくて……」

「今更なに言ってるの? もう帰りたいんだけど」

しごくだるそうに、美織が言った。

「――うち、母子家庭なの」

今にも私に背を向けそうになってるふたりに、そう告白する。

ふたりは体の動きを止め、表情をますます凍りつかせた。

「お父さんは小学校の頃に亡くなって、うちは貧乏で、お母さんは必死になって働いてる。弟がひとりいるんだけど、身体が弱くて入院を繰り返していて……。私の家、そんな感じなの。そんな家庭環境に引け目を感じてて、知られたら嫌われるんじゃないかって考えたら、うまく喋ることができなくなってた」

大きく、息を吸い込んだ。

『お前の家族は立派だ、誇りを持てよ』と言った桜人の声が、耳を打つ。

誰に、どう思われたっていい。

堂々と胸を張って、自分の家庭事情を受け入れていたらよかった。

中学のときの友達が悪いわけじゃない。

卑屈になってしまったのはすべて、私の弱い心が原因だった。

「ふたりと、本当は仲良くしたかった。それが私の本音。私が気に食わないのは分かるけど、私は文化祭の委員をこれからも続けたい」

もう、逃げたくはないから――。

「だから、少しだけ、クラスに協力して欲しい」

長い、沈黙が訪れた。

廊下の端で立ち止まる私たちの横を、楽しそうに話しながら幾人もの生徒が通り過ぎていく。

「……なに、それ。意味わかんない」

やがて、苛立ったような口調で美織が言った。

「母子家庭だからって、そんなふうに思ってたわけ? 私も中学まで母子家庭だったけど、そんな風に思ったことなんてないんだけど」

驚いて顔を上げると、戸惑ったような顔をしている美織と目が合った。

「今はもう、お母さん再婚してるから、母子家庭じゃないけど……」

バツが悪そうに、美織が言葉を足す。

ひとつ、間をおいて。「ずっと……」と美織が改めて切り出す。

「ずっと、真菜は、私たちと一緒にいることが、しんどいんだろうなって思ってた。仲良くなりたかったけど、真菜は全然心開いてくれなくて、だんだんムカついてきて……」

美織の声が、尻すぼみになっていく。

「私たちこそ、つらい思いをさせてたと思う。わざと話に入れなかったり、無視したり……」

「……うん、ごめんね」
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