きみがため
学校を出て、いつものバスに乗る。

藍色に染まる見慣れたはずの景色が、初めて見る景色みたいに、澄みわたって見えた。

家の最寄りのバス停がアナウンスされ、座席に置いたバッグを手に取ろうとしたけど、ふとためらう。

どうしても、今日のことを桜人に報告したくなったのだ。

このままバスに乗り、K大付属病院前で降りれば、バイト先のカフェで桜人に会える。

最近は帰りが遅くなるから、夕食は朝用意してる。

だから、光がお腹を空かせることもない。

気づけば私はバッグから手を遠ざけ、最寄りのバス停が遠ざかっていくのを、窓から見送っていた。

片道二車線の大通りの脇に、デニスカフェは、今日も煌々と店舗看板を灯して佇んでいた。

窓からそうっと中を窺ったけど、桜人の姿は見えない。

厨房の中にでもいるのかと思って、背伸びをしたり、角度を変えてみたりしたけど、よく分からなかった。

カフェの前で妖しい動きをしている女子高生を、道行く人が、不審な目で見ながら通り過ぎていく。

私は意を決すると、入り口に近づいた。

自動ドアが静かに開いて、コーヒーの香りが濃くなる。

ひとりでカフェに入ったことなんて、今まで一度もない。

こんなに行動的になったのは、生まれて初めてかもしれない。

「いらっしゃいませ。こちらでご注文をどうぞ」 

顎髭がダンディーな男性店員さんに、中へと通された。

どうやら、レジで先に注文して、受け取ったメニューを自分で席まで運ぶスタイルのお店みたい。
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