【紙コミックス①巻11/8発売②巻12/6発売✨】鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

「急に仕事辞めちゃったから、『社会に取り残されてるような気がすることもあったりする』よね。そりゃそうだよ」

 またまた隼からは意外な言葉が返ってきて。

 さっきまで申し訳なさげだったのに、急にうんうんと頷いて、酷く感心したように、私の言葉の一部分だけをやけに強調してくる。

 そんな隼の言動の意図がまったく掴めなくて、なんだか馬鹿にされているような心持ちになってきた。

「何よ? 何が言いたいの?」
「本当は、出産間際まで仕事続けたかったんじゃないの?」
「……いくら続けたくてもしょうがないじゃない。あれ以来、隼以外の男の人が傍に来ると、怖くて震えが止まらなくなっちゃうんだからッ」

 いつもの調子で隼に食って掛かっている最中、ホテルでの事を思い出した途端に、身体が勝手に小刻みに震え始めた。

 実は、仕事を辞めたのは、あの一件のせいで、隼以外の男の人に触れられたり、傍に来られたり、血を見たり、大きな物音がしたりすると、こうして様々な症状を発症してしまう、PTSD(心的外傷後ストレス)になってしまったからだった。

 専門医の話によれば、三ヶ月ほどで自然に回復することもあれば、数年かかったり、慢性化してしまうこともあるらしい。

「侑李、嫌なこと思い出させてごめん。大丈夫?」
「うん。隼が居てくれるからもう大丈夫」

 いつものように、私の異変にすぐに気づいて胸に抱き寄せてくれた隼に、頭や背中を何度か優しく撫でて貰ってるうち、徐々におさまっていくから不思議だ。

 悔しくてしょうがなかったけど、こんな調子だったから仕事を辞めざるを得なかった。

 隼の腕に抱かれながらやるせない心持ちで居る私の元に、再び隼の優しい声音が届いて。

「実は、お義父さんと侑磨さんに、『侑李に『橘』の若女将として手伝ってもらえるように説得してほしい』って、頼まれたんだけど。どうかな?」

 思ってもみなかった隼の言葉に私の思考は一瞬停止しそうになった。

 ついこの前、兄が、もうすぐ結婚して若女将になった恵子さんと仲良く店を盛りたてていくって、張り切ってたからだ。

「え!? でも、お兄ちゃんの婚約者である恵子《けいこ》さんがなるんじゃなかったの?」
「そのことなんだけどね。どうも恵子さんは以前から『自信がない』って言ってたみたいなんだ。でも、『侑李ちゃんが手伝ってくれるなら』って言ってるらしいんだ。だから、いい話だと思って引き受けちゃった」

 おまけに、隼が勝手に引き受けたなんて言ってくるし。

 ーーもう、訳分かんないんだけど!

「はぁ!? 『引き受けちゃった』って、こんな状態でできるわけないでしょッ! 女将の仕事ってすっごく大変なんだからッ!」
「だからだよ。女将の仕事のことをよく知ってる侑李が手伝ってあげないと、恵子さんに任せてたら、『橘』潰れちゃうよ? それでもいいの?」
「そんなのダメに決まってるじゃないッ! バッカじゃないのッ?!」
「なら、決まりだね?」
「誰もするなんて言ってないでしょう?」

 おそらく隼は、家で引きこもって居るより、いい気分転換にもなると思ってくれてるんだろうけど、こんな状態じゃ手伝いなんてできっこない。

 自分だって、このままじゃ嫌だし、なにより、『橘』のために役に立つなら、何かしたい。

 隼の言うとおり、確かにいい話だと思う。

 ーーでも怖い。だって、迷惑かけて邪魔になるのが目に見えてる。

 それなのに……。

「ダメだよ。十五年前、『橘』で僕と初めて出逢った時に、大人になったら若女将として僕にお酌してくれるって、あの約束、まだ果たしてもらってないんだから」
「そんなの記憶にございませんッ!」
「そんな政治家みたいなこと言っても、ダ~メ。約束は守ってもらわないと」
「だって本当に覚えてないんだもん」
「なら、僕の夢を叶えて欲しい」
「夢ってどういうことよ?」
「あの時、侑李と出逢って、僕には、『YAMATO』のチョコを後継者のひとりとして守っていくって夢ができて、それはもう実現してる。もう一つの夢は、僕にその夢を与えてくれた女の子である侑李に若女将としてお酌してもらうことだよ。その夢を叶えて欲しい」
「……」

 隼は何が何でも私を『若女将』にしたいらしい。

 昔の私が覚えてもいない『約束』とか言い出すし、終いには『夢』なんて持ち出してくる始末だ。
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