【紙コミックス①巻11/8発売②巻12/6発売✨】鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛
兄は、何も返せない僕のことを一瞥してから、
「……やっぱりなぁ。まぁ、お前の気持ちは分からなくもないが」
何もかも理解した風なことを言ってのけた。
ーー知った風なことを言うな。兄さんに何が分かるって言うんだッ!
兄さんは美菜さんと出逢う前にも、僕が知ってるだけでも、少なくともふたりの女性と交際していた。
兄さんはセフレの居た僕とは違って、身持ちも堅いし、きっとその都度真剣だったはずだ。
でもこんな状況になったこともなかっただろうし、今まで誰ひとり好きになったことのなかった僕とは違う。
初めて好きになった侑李のことを、僕は自分のせいで危険な目に遭わせてしまったんだ。
ーー僕の気持ちなんて兄さんに分かるはずがない!
兄の言葉にカッとなってしまった僕は、その怒りに任せて突っ走ってしまっていた。
完全に理性なんて吹き飛んでしまっていたようだ。
理性を失った僕は兄の胸ぐらを引っ掴んで、眼前まで兄の顔を引き寄せ、兄に食ってかかっていた。
「知った風な口をきくなッ! 初めてなんだ。初めて好きになって。命より大事で、侑李のためなら死んだっていいって思った。それくらい大事なんだ。好きなんだ」
けれど、それもここまでだった。
これから先、また同じようなことがあったらと思うと。
もし、自分のせいで侑李に何かあったときのことを思うと。
もう怖くて怖くて、どうしようもなくなってきて。
「……だから、もし、侑李に何かあったら生きていけない。僕のせいで、いつかまたこんな目に遭わせたらと思うと、怖くて怖くて、堪らないんだ。情けないけど、他にどうしたらいいかも分からないんだから、しょうがないじゃないか」
怒ってたはずが、いつしか怒りが恐怖心へとすり替わってしまっていた僕は、勢いも削がれて、泣き言を言うようにして呟きながら、力なくその場にずるずると崩れ込んでいた。
自分でも情けないとは思うが、この時の僕には、侑李の傍を離れる以外方法がないとしか思えなかったんだからしょうがない。
そんな僕に、兄は非情にも、冷たい言葉を言い放った。
「なんだ、そんなものか。がっかりだな。初恋だとか大層なことを言ってる割には、お前の気持ちは大したことないんだな? なら、一刻も早く別れた方がいい。義理の妹になると思っていたが、違うのなら、もうここに居る必要もないな?」
兄のあんまりな言葉に、薄れていた怒りがふつふつとこみ上げてきて。
「よくもそんな冷たいことが言えますね? 見損ないました」
背中を向けて出て行こうとする兄のことを睨みつけながら放った僕の言葉に、兄は、尚も言い放った。
「見損なっただと? それはこっちのセリフだ。俺のたったひとりの弟が、大事な女を守り切れなかった時のことばかり考えて、泣き言ばかり言うようなそんな情けない男だとは思わなかった」
「……そんなこと、兄さんに言われなくてもよ~く分かってますよ」
思わず言い返した僕の方に、振り返ってきた兄の思いの外悲しげな眼差しに捉えられた僕の胸が不意に締め付けられる心地がした。
そんな僕に向けて兄からまた言葉が放たれて。
「だが、お前のことを慕っている美菜と、お前の大事な婚約者のために、忠告しておいてやる」
今度は強い眼差しと、偉く上からな、いつも腹が立つくらい堂々としている兄らしい口調で放たれた言葉に、僕は無意識にピンと背筋をただしていた。
「婚約のことは、円城寺さやかが伝えなくても、遅かれ早かれあのストーカー男の耳に入っていたことだ。お前が気に病むことはない。それよりも、お前が刺されたと思って、ショックを受けて倒れるくらい想ってくれている婚約者の傍から離れたら、婚約者はどうなる? なにより、今回のことはお前だから防げたんじゃないのか? なら、お前がしなきゃならないことは、大事な婚約者を守るために、ずっと傍に居ることなんじゃないのか? 俺はそう思う」
「……」
兄のことを静かに見据え続けている僕にしっかりとした口調で言い放った兄は、まだ考えが纏まらず何も返せない僕に、最後に、
「まぁ、後悔しないように、よーく考えることだな」
そう言いつつ、僕の左肩を力強く手でポンポンとしてから、今度こそ病室から出て行ってしまった。