【完】スキャンダル・ヒロイン
「あッ……」
「忘れてたね?」
「いやいや忘れてた訳じゃあ……」
「忘れてたでしょう?昴くんはばっちり覚えてたのに」
豊さんに指摘されて気づくなんて。つーか…今ハッキリ言ってお笑いライブを見て笑ってる気分じゃないんだけど…。
現在時刻は午後19時。山之内さんと坂上さんは仕事で、瑠璃さんもバラエティ番組の撮影が入ってるらしい。勿論真央と昴さんもドラマの撮影だ。
だから珍しい事に豊さんとふたりで食卓を囲む。
豊さんは始めは無口で話しずらいと思ったけれど、今になってしまえばふたりきりで居てもそれがたとえ無言であっても気まずくは無かった。
豊さんって元々そういう人だし。
「結構有名な芸人さんもいるし、気晴らしになるとは思うけど」
ぽつりと漏らす言葉の端々に私が元気ないのがバレている。きっと皆にも様子がおかしいのは何となく気づかれていたと思うけれど、豊さんは特に人の心の移り変わりに敏感な人だった。
普段無口だから余計なのかもしれないし。それに芸人らしく人間観察をよくしているように思える。
「楽しみだなー」
笑顔を取り繕ったつもりだけど、それも豊さんにはバレバレだったようで
「無理に笑わなくっていいよ。」
真っ黒の長い前髪から不意に見せる瞳は優しかった。だからそんな豊さんにまで気を遣わせている事が心苦しかった。
「上手く笑えなくなってしまった人たちの為にお笑い芸人の仕事があるって思ってる。僕達の仕事はそうで合って欲しい。
寧ろ今1番ライブに来て欲しいのは真央くんだけど、ね……」