完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
そんな暮らしの中、中学2年の時同じクラスになったのが結城陽真だった。
眉目秀麗・スポーツ万能・頭脳明晰・成績優秀で、性格は温厚で明るく、実家は医者で資産家……と、非の打ち所が無いにもほどがある完璧な感じが、冷めた女子中学生になっていた桜衣にとって何となく気に食わない存在だった。
同じクラスだが、接点は無いし、自分には無関係だと思っていたのだが、いつの間にかよく話をするようになっていた。
陸上部の桜衣と剣道部の陽真はたまたま部の活動日が重なっていて、下校のタイミングで会う事が多く、同じ方向の彼と何となく一緒になったこともあったのだろう。
明るく、誰とでも上手く人間関係を作れるタイプの彼とは桜衣も気負わず話すことが出来た。
いつだったか、彼が進路の事を世話話のように話してきたことがあった。
「親からハッキリ言われた事は無いけど、やっぱり医者なるように期待されてると思うんだよね。人の役にも立つし。今は医者を目指そうと思ってるんだけど……」
その口ぶりから医者になる事をどこか躊躇している雰囲気を感じた。
彼の成績は学校内でも断トツのトップだったし、人格的にも申し分ない。
努力すればきっと医者になれるだろう。
だが、つい桜衣は言ってしまった。
「そんな、周りのプレッシャーでしかたなく医者になるのが義務みたいに思う人に、人の命を預かる仕事は向かないんじゃないの」
そこまで親に期待されていることを、妬ましく思ったのかも知れない。
自分には本当の父は居ないし、母は自分に無関心とまではいかないが、期待されていると感じたことも無かったから。
さすがに言い過ぎたと思ったのだが、彼は気を悪くすることなく困ったように笑っただけだった。
仲良くなってみると遠慮が無くなったのか生徒会長だった陽真に『ちょっと人手が足りないんだよね』と頻繁に生徒会室に呼び出され仕事の手伝いをさせられた。
他の役員は何をしているんだと思ったが、呼び出されるのは大概部活も無い日だったし
『駄目かな?』と困った顔をされると気の毒になってしまうのだ。
ふたりで作業をしながら様々な話をした。知識の豊富さだけではない頭の良さを持った彼と話をする時間は、桜衣も嫌では無かった。
「本間は将来何になりたいんだ?」
「うーん。まだ、よくわからないけど、今興味があるのは家のインテリアとか考えたりする仕事とか、かな。壁紙はこんな色にしたら素敵とか、この家具置いたらどうなるだろうとか
考えたりするのが好きかもしれない」
義父が家具屋の営業だったため、モデルハウスや街のインテリアショップに連れて行ってもらう事も多かった。
家には関連の海外の雑誌などもあり、アンティーク調のスツールや、カジュアルで温かみのあるソファなど、どれも心惹かれた。こういうものを創り出したり、関わる仕事が出来たら良いなと漠然と思っていた。
「へぇ。俺も建築中のビルとか家とか見るの好きだよ、この後どう出来上がっていくんだろうって見ててワクワクする」
「分かる気がする!あと、イタリアの教会とかヨーロッパの古い建物も素敵だと思う。ちょと憧れる」
「本間は実際に何か見たことある?」
「まさか海外なんて、行った事無いよ」
それから陽真はよく図書館で借りたり、自分で買ったという海外の建物が乗っている本を見せてくれた。
聞けば、彼はヨーロッパには幼い頃から何度か旅行に行っているらしかった。
このお坊っちゃんめと思ったが、もう妬む気持ちにはならなかった。
彼が見せてくれる本はどれもため息を付くほど美しく、生徒会室で飽きるまで眺めさせてもらった。