完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
この時既に、義父と母の離婚が成立していた。
本間の家を出て母と東京に戻る事が決まっていて、週末には引っ越すことになっていた。
この日が最後の登校で、職員室に寄り挨拶をし、書類や荷物などを持って帰ったのだ。
担任には新学期まで口外しないように頼んでいた。
見送られるのが辛かったのだ。さよならも言いたくなかった。友達にも、もちろん陽真にも。
それほど、この土地も学校も友達も大好きだった。
でも……皆は最初は驚くかもしれないが、暫くしたら日常の中で自分の事など忘れてしまうのだろう。
なら、それこそ消えるようにいなくなった方が良いのだ。
本間の義父は
「僕が悪いんだ……ごめんね桜衣ちゃん」と辛そうな表情で何度も謝っていた。
離婚が決まる前に両親の喧嘩を見たことは無かったが、言葉を交わすことは少なくなっていた。
あんなに温厚で母を大事にしているように見えた彼が、謝るような事をしたというのだろうか。
浮気をするようには思えなかったが、最後には母も辛そうにしていて、理由を聞くことはしなかった。
聞いて、どうなるものでもない。そして、自分がここを離れる事は変わらない。
そして、数日後の早朝、桜衣は母とひっそりとこの地を後にした。
東京に戻った桜衣は必死に受験勉強し、転校というハンデを乗り越え無事目指す都立高校に合格した。
合格発表の日、桜衣は母に言った。
「もう、お母さんに振り回されたくない。叔父さんの所から高校に通いたい」
隠していたようだが、懲りない母に新しい男の気配があるのを桜衣は感じていた。
これ以上母の都合で自分の生活を変えられたくない。
姪を心配する叔父の勧めもあった。
ここまで自分の気持ちをはっきり言ったのは初てめだった。
「そうよね……ごめんね、桜衣ちゃん」
その方が良いわよね、とあっさり受け入れた彼女はそれでも少し悲しそうな顔をした。
――母が交通事故で亡くなったのは桜衣が高校へ入学し、叔父の家から通い始めてしばらくたってからの事だった。
夜、仕事から帰宅する途中、横断歩道上で車に跳ねられたのだ。
母と離れるべきではなかったのだろうか。
勿論桜衣が離れたことが事故の原因では無いのは頭ではわかっている。
しかし突然訪れた別れに、永遠に取り戻せ無くなった後悔のような感情が今も燻り続けている。
いつもどこか少女のようにふんわりしていて、娘にとっても掴みどころの無い母だった。
母親と言うより女である事を優先した生き方をした彼女は幸せだったのだろうか。
それを聞く事は、もう出来ないのだけど。