完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
幼少時から母の恋愛事情を間近で見て来た桜衣の心に刷り込まれてしまったのは
『恋愛なんて心変わりするし、ずっと好きでなんていられない』と言う事。
優しくて、母にも自分にも愛情深く接してくれた本間の義父。
一時は本当の家族のような気すら芽生えていた。
初めて自分がいていい暖かい場所のような気がしていた。
でも、結局はその場所はあっさり壊れてしまった。
大切なものを失うやるせなさが身に染みた。
叔父夫婦は仲が良いし、桜衣に優しく接してくれた。
幸せな結婚をし、暖かい家庭を築いている人はもちろんいくらでもいる。
それを否定する気は全く無い。
でも、自分事としての『恋愛』への警戒心は強くなり、気軽に恋を楽しむ気になれない。
その延長線上にあるであろう『結婚』も今の所考えられないし、考えられる日が来る気がしない。
結局――勝手にこじらせている臆病者なだけもしれないけれど。
多少目を引く容姿だったためか、高校でも大学でも男子から度々声を掛けられたが、気軽なノリで話したりする事はなかった。
誰かと付き合おうという気も持てなかったので、誘われても合コンのような場所には行かないし告白されても全てその場でキッパリ断っていた。
それが周囲の人間。特に女子から反感を買い『お高く止まってる』『可愛げの無い女』と陰口を叩かれることも多かった。親しい友人もいなかった。
――ちょうどいいじゃ無いか、母とは真逆の性格だ。
自分は母のような人生は歩まない。と、敢えて自分の性格を受け入れ変えようとしてこなかった。
誰かに頼らず生きていけるように、しっかりしようと思っていた。
社会人になり営業職を与えられ、最初はこんな自分に出来るのかと思ったが、意外にも仕事にやりがいを持てた。元々興味があったインテリアに通じる分野だからだろう。
学生の頃と違って、仕事を頑張ればそれだけ人として認められるのが嬉しくて人一倍努力した。
入社当初は男性社員にお誘いを受ける事もあったが
今度はやんわりスルーする事を覚えかわし続けた結果、社内で『そういう人』という認識されたらしく、もう声がかかる事は殆どない。
職場では人間関係にも恵まれたため、生きやすくなってきているとは思う。
そんな青春時代を過ごしてきた桜衣の恋愛経験は皆無で、強いて言えば陽真との一瞬の触れ合いのみだった。あれがキスと呼べるのならだが。
思春期真っ只中、雰囲気的にそういう流れになったのもあり、彼はちょっとそんなことをしてみたいお年頃だったのだろう。
あの出来事は幸せだった日々の最後の思い出として、少々の切なさと共に心の奥に大事にしまってきた。
もう会う事が無い相手だから美しい思い出のままに出来たのだ。
その彼と今日再会してしまった。
陽真は偶然再会した旧友に『そういやコイツ別れも告げずにいなくなったな』と思い出してちょっとからかったのだろう。
『黙っていなくなるなよ』みたいなことを言っていたし。
「しかも『結婚相手に求める条件』?完全に黒歴史でしかないじゃん。一体何を言ったんだ。私
……アイツの記憶力が、優秀な脳が恨めしい」
人のイタい過去を引きずり出してゲームにして面白がっている。
『会社で俺たちが中学からの同級生でキスまでして、将来を誓い合った仲って言ってもいいんだけどね……殆ど嘘じゃないだろ?』
と、とんでもなく無理やりな内容で脅され、迫ってくるものだから、とにかくあの場から逃げたい気持ちから曖昧に承諾してしまった。
彼はあんなに意地の悪い性格だっただろうか。桜衣の記憶の中では誠実でまっすぐで笑顔が爽やかな少年だったのに……。
「……いや、どんだけ昔の話よ。もうスルーしよう、スルー。さっきので気が済んだかも知れないし」
とにかく明日からは彼に近づかないようにしよう。同じ会社ではあるが、幸いにして部署は違うのだ。仕事で関わる事も無い。
上手くやり過ごせば向こうも興味を失うはずだ。
平和な日々を乱されるなんてまっぴらだ。
――触らぬイケメンに祟り無し。
ベッドに突っ伏したまま、桜衣は自分に言い聞かせた。