完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
陽真が回想している内に車は会社のほど近くまで来ていた。
「……悪いわね、いつも運転させて」
無言のままの空気に耐えられなくなったのだろう。やっと桜衣が口を開いた。
「いや、構わないよ。運転は好きだから」
陽真は何でもないように答える。
「でも、都内の道は面倒でしょ」
桜衣はクールに見えるが、こうやって空気を読む。そういう面も昔と変わらない。
入社当初彼女が自分を警戒し、避けられているのはわかっていた。社内アプリで居場所を確認し顔を合わせないようにしていたのだろうが、
同じアプリを使っているのだ。こちらも避けられてることぐらいすぐに分かる。
それにこちらが気づかないと思っているのが、また可愛い。
だから、少し状況を変えさせてもらった。
彼女と行動を共にするようになってから自分は法人営業部の面々、特に桜衣の所蔵するチームのメンバーから煙たがられているようだ。
別に何か言われるわけでは無いが、一緒にいると距離を取られ、じとりとした視線を感じるのだ。あれは明らかに『桜衣さんを取られた』という目だ。
男女問わず仲間から慕われている彼女を長時間独占しているのだから無理もないかもしれないが、あえて気が付かないふりをさせてもらっている。
今までの人生、他人に邪魔者扱いなどされた事などなかったので、そんな状況も楽しんでいる。
取引先に積極的に同行したのも正解だった。
明らかに桜衣を意識している男もいたので、それとなく牽制しておいた。
自分には厳しく周りには細かい気遣いが出来る彼女。しかも美人でスタイルもいい。
死ぬほど悔しいが、これまでに恋人がいなかったわけはないだろう。
それにしては、再会時のキスの時もさっき迫った時も慣れた感じがしないのがギャップがあって堪らないのだが。
つい先ほど奪いそこなった唇に視線が行きそうになったタイミングで桜衣が声を上げる。
「あ、『りんご堂』今日はそんなに並んでない」
彼女の視線の先に可愛らしい赤い看板の掛かった小さな店舗がある。
会社の近くに最近出来たミニアップルパイの店で、メディアに取り上げられた事もあり、連日大行列でなかなか買う事が出来ないと聞いていた。
今日は良いタイミングで通り掛ったのか数人しか並んでいない。
「買っていく?」
「いいの?時間ないのに」
「そんなにソワソワしているの見たら、買いに行かせてあげないと可哀そうになるよ」
「ソワソワなんてしてないわよ」
憮然と言い返しながらも桜衣は助手席の窓から食い入るように店を見ている。
時折見せてくれるようになった隙のある表情。
これも一緒に行動するようになって気を許してくれた成果だろうか。
警戒されないようにまずは仕事のパートナーとしての信頼を得るように努力した甲斐があった。
でもこういう表情は自分にだけに見せてくれていればいいと思う。
「チームのみんなにも差し入れしよう。俺が出すよ」
「え、買うつもりだけど、結城に出してもらわなくても」
「いいよ。ちょっとでも彼らの心証良くしておきたいし。お詫びも込めて」
「え、お詫び?」
君を独占してるお詫びだよ、とは言わない。
「いいから。一度車置いて一緒に買いに行こう」
「……うん。ありがとう」
素直な答えが返って来て陽真は目を細める。
思えば、こうして彼女と同じ空間にいる事自体奇跡なのだ。
巡りあわせと『彼』に感謝しなければ。中々御しがたい彼ではあるが。
信号が青に変わった。
――逃がさない。もう、あんな思いはしたくないから。
陽真は静かにアクセルを踏みこんだ。