完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
結婚相手に求める条件 ー その2
「会社帰りに桜衣さんとご飯食べに来れたの、久々ですね」
ビールジョッキを飲み干して未来は嬉しそうに言う。
会社帰り、未来とふたり馴染みの洋風居酒屋に来ていた。ここは安くて食事も美味しいのだ。
「結城さんが来てから、全然一緒にご飯も行けず、寂しくって」
「中々時間取れなくて……ごめんね」
桜衣はジンジャーハイボールを片手に謝る。
仕事の出来る男、結城陽真は相変わらず精力的に業務に当たっておりお陰でというか、受注、業務量共に膨大になり処理に追われる日々だ。
「いーえ、悪いのは桜衣さんじゃなくて桜衣さんを独占している結城さんですからっ」
今日は業務の谷間で忙しさが一段落した感があり、陽真は昔勤めていた設計事務所に呼ばれたと言って外出していた。
あの車内での出来事があってから、陽真のモードが変わった。
まず仕事帰りに食事に誘われるようになった。当初は固辞していたが、
「疲れてるんだから食事をしてから帰ってた方が楽だろ?一人じゃつまらないから――駄目かな?」
という『お願い』に流され、最近は夕食も彼と一緒の事が多い。確かに楽ではあるのだけど。
食事代はどんなに自分の分は払うと言っても「俺が付き合わせてんだから」と毎回彼が支払ってしまう。
一方、コーヒーショップなどの会計で桜衣がふたり分払うというと「ありがとう、甘えさせてもらう」とたまに素直に奢られてくれる。
桜衣に負い目を感じさせないように敢えてなのだろう。
どんだけスマートなんだ。なんだか卒が無さ過ぎて腹立たしいくらいだ。
「気を使わさないようにしてくれてるのはありがたいけど、結局高い夕食を払わせてるのは申し訳ない」というと彼は嬉しそうに教えてくれた。
「『お金をちゃんと管理できる人』――これ、2つ目の条件だったよ」と。
そしてこう言った。
「ちゃんと管理するってどういう意味か自分なりに考えたんだけど、しっかり稼いで、無駄使いはしないけど、使うべきところは使うって事かなと思って」
桜衣は驚きながらも陽真の考えは正しいと思った。
一つ目の条件である『仕事が出来る人』にしても、価値観の出発点は母の反面教師だろう。
母の過去の男達は本田の父以外顔が良いだけのダメ男で、ギャンブル好きだったり、大して貯えもないのに見栄で大金を使ったり、逆にケチすぎたりとしょうも無かった。
その影響で、貯えがあるのはもちろんだが、その貯えを適正に使える事が大事だと思っていた。
中学生にしてその達観ぶりに我ながら可哀そうになってくるが……。
「君と食事して楽しい時間を過ごすのは俺にとって大事な時間で使うべき所。別に毎回高級料理を食べてるわけでも無いだろ?まあ、俺たちの将来に備えておかないとと思ってそれなりに貯えはしてる。もちろん借金も無いし、ギャンブルもしない」
心配だったら預金残高を見る?とネット銀行の残高を見せようと真顔でスマホを操作し始めたので慌てて止めた。
彼の家庭環境やキャリアを見れば金に困っていることは無いだろう。
INOSEでは部長職待遇だし、報酬も高いはずだ。
もちろん、ギャンブルにでも嵌っていたら別だが、そういう事には興味はなさそうだ。
(結城にお金があろうとなかろうと、別に構わないし……っていうか、さらりと俺たちの将来とか言われたら、どういう顔して良いかわからないんですけど)
と、戸惑っていると
「そんなに気にしてくれるなら、俺の家に来て夕食作ってくれてもいいんだけど?」
と無駄に良い声で耳元で囁くものだから、それ以上何も言えなくなってしまった。
(あっさりと2つ目の条件もクリアされてしまったのよね……昔の私、何まともな事答えちゃってたんだろ、もっとありえない条件言ってればよかったのに。外国人とか、超能力者とか)
と、考えた所で、今の自分のしょうも無い思考に遠い目になる。
「もう、桜衣さんったら聞いてます?」
「あ、ごめんごめん」
「結城さん、数多の女子が必死でモーション掛けてるのに一切なびかないらしいですよ」
確かによく他部署の女性社員から昼ご飯一緒にとか、飲み会に行きませんかとか誘われているのは知っている。それを毎回笑顔で絶妙にかわしていることも。
「まあ、まだ忙しくてお誘いに乗れないんじゃない?」
「でも、桜衣さんにはピッタリくっついて離れないって……これってどうゆう事なんですかね?」
愛らしい顔をニコッと傾げて未来が言う。
「どういう事って……だから仕事でペア組んでるようなもんだから仕方ないわよ。しかもピッタリなんかされて無いし」
とは言ったものの、最近の彼はやけに距離感が近く態度も甘い。
さすがにあれ以来キスはされないように警戒しているけど、隙を見ては距離を狭めてくる。
見た目に反して恋愛実戦経験0の桜衣は、その度に動揺を表に出さないようにするのに苦労しているのだ。