完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
陽真たちと過ごした中学生の頃の思い出は桜衣の宝物だ。
ハードルに足をぶつけながら部活に励んでいた事。
友達と他愛の無いことで笑いあったり、勉強を教え合ったりした事。
生徒会室での陽真との時間。
暖かい場所で素直な言葉も言えたし、無邪気に笑えていた。
あの場所を去り、母を亡くし、元々しっかりしていた性格に更に拍車がかかった。
しっかりしていなければ、ひとりで生きていけないから。
自分はもうあの頃とは変わってしまったのに。
陽真はそんな肩肘を張って生きて来た過去ごと、今の自分を肯定しようとしてくれている。
慰めで出た言葉だとしても――嬉しかった。
「も、もう、やめてよ。泣かそうとしてるの?」
本当に出そうになってくる涙をごまかすように、陽真の胸に額をグッと押しながらわざと明るく言う。
「これから先の道は……でも、まだクリア出来てないもんな」
陽真は桜衣の髪にそっと唇を寄せて、何かを呟いた。
「……なに?」
「……いや、帰り道はどうしようかと思って。また歩いて下るか?俺はまだ体力余ってるから君を負ぶって降りてもいいし」
ゆっくり体を離した彼は、からかうように言った。
山頂近くにある神社で参拝した後、桜衣のたっての希望でケーブルカーで降りる事になった。
混んだ車内ではぐれないようにか、陽真に手を繋がれる。
ケーブルカーを降りてからも陽真は桜衣の手をずっと離さず、桜衣も振りほどく事は無かった。
彼の大きな手は安心感を与えてくれたが、同時に胸がギュッとするような切ない感覚を覚えた。
麓の蕎麦屋で名物のとろろそばを食べ、夕方には車でアパートの前まで送ってもらう。
「今日が楽し過ぎたから、まだ離れたくないなぁ」
前のめりになってハンドルに腕を乗せ横目で陽真がこちらを伺ってくる。
――甘えるような言い方をしないで欲しい。
「……何言ってんの、もうすでに腿が筋肉痛になりそうよ。今日はありがとね。また来週」
つれないなぁと苦笑する陽真を残し、さっさと車を降りる。
「あぁ、ゆっくり休んで。また来週な」
陽真は運転席から桜衣を覗き込みながら言うと、ハンドルを握りゆっくり車を発進させた。
車が角を曲がるのを見送ってから、桜衣は深い深い溜息を付く。
「はぁ……」
一瞬『私もまだ一緒に居たい』と思ってしまった。