完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件

 あの時。

 満開の桜の下で彼女に思わず触れるだけのキスをしてしまった春の日。

 新学期になったらまた会えると、何の疑いも無く思っていた。

 自分としては最大限に想いを伝えたつもりだったが、ちゃんと『好きだ』と言えなかった。
 
 進級したらちゃんと告白しようと思っていた。一緒にいられると思っていたから。

 しかし、それは叶わなかった。


 新学期、桜衣と同じクラスになれなかった事に落胆したが、そもそも彼女の姿が見当たらない。
 体調でも悪いのだろうかと心配になり、陸上部の顧問に尋ねると返って来た言葉に愕然とした。

 本間桜衣は転校した――

 家庭の事情だということなので詳しいことは教えてもらえなかったが、元々住んでいた東京に戻ったらしい。
 
 転校することは終業式の時点でわかっていたが一切周囲に言わない事が本人の希望だったと――


「……俺くらいには話してくれても良かったのに」

 完全に散ってしまった川辺の桜の木の下で独り言ちた。

 彼女の事だ。転校するからと言って大げさに見送られたりするのが嫌だったのだろう。

 だが、何も告げずに居なくなられた事への苛立ちより、彼女と会えなくなってしまった喪失感が勝った。

 ぽっかりと心に穴が開くと言うのはこういう事なのだと身をもって知った。

 同級生たちは皆桜衣が転校したことに驚き、悲しんだ。

 しかし彼女の携帯電話も解約されており、だれも連絡を取る事も出来なかった。

 そして、受験が本格的になり慌ただしい日々が続くにつれ、彼女の話題が上る事が無くなっていった。

 陽真も何かを振り切るように猛然と受験勉強に取り組み、彼女と一緒に行くつもりだった志望校に首席で合格した。

 時間が過ぎれば、桜衣の事は良い思い出になるだろう――そう思っていた。

 なのに、消えてくれなかった。

 彼女の少し茶色がかった髪や、伏し目がちな横顔、物怖じせずこちらをまっすぐ見る瞳、ふとした拍子に零れる笑顔。
 
 交わした言葉の思い出と共に、忘れる事が出来なかった。

 進学先を東京の大学にしたのも、レベルの高い建築学科があるのももちろんだが、心のどこかで東京に行けば彼女に会えるのではないかという期待もあった。

 当然そんな奇跡は起こらなかったけれど。

 他の誰かを好きになればこの厄介な気持ちは無くなるのではと思い、告白して来た気の合いそうな女性と付き合った事もあったが、どうしても本気になれず、結局誰とも長続きしない。

 一級建築士の資格を取得した後、経験値を高めようとオランダのデザイン会社に転職し、忙しい日々を送っていたが、彼女を思う気持ちが消える事はなかった。

 さすがに、このままではまずいと思った。
< 54 / 93 >

この作品をシェア

pagetop