完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
それにしても陽真が自分の慣れ親しんだ生活空間に居ると思うと、妙に意識してしまい落ち着かない。
(まあ、昨日は一晩中いたんだけど……こっちは意識無かったし)
顔を洗った彼はいつもは桜衣の座る場所に胡坐を組んで座った。長い脚が窮屈そうだ。
普段より乱れた髪と鼻筋の通った綺麗な横顔にドキリとする。
(そういえば、4つ目もナチュラルにクリアされてしまったんだよね……てことは残るは……)
ふと彼の視線が壁に掛けられた桜の絵に移った事に気付く。
「いい絵だな」
「えっ?あ……うん、それ、母の遺品にあったものなの」
彼の横顔をこっそり見ていたのがバレないように平静を装う。
「誰が書いたのかもわからないんだけど、すごく気に入ってて、春の風景だけど一年中ずっと飾っぱなしにしてる」
遺品を整理していた時に、細い木の額縁に入った状態で布にくるまれて仕舞われていたのをを見つけた。
母は絵に興味がある人では無かった気がするから不思議だった。
ひとり暮らしを始めた時から常に飾っていて、嫌な事があったり、疲れて帰って来てもこの絵を見るとふっと力が抜けるのだ。
この絵を他人に見せたのは初めてだったが、陽真が桜衣の大事な絵を気にってくれた事が素直に嬉しい。
「とても、繊細だけど色遣いが優しくて暖かい雰囲気だな」
陽真が絵を見つめたまま目を細めて表情を和らげる。
「……」
その横顔を見ていた桜衣は一瞬言葉を無くす。
突如、桜衣の心の中にストンと落ちた感情があったのだ。
――あぁ、もう、なんでこんな何でもない瞬間に。
「……そうね」
答えながら桜衣はローテーブルにコーヒーが入った大きさの違うマグカップを2つ置いた。
「ありがとう……そうだ、桜衣」
「うん?」
桜衣の正面でコーヒーを一口飲んだ陽真が少し改まった様子で切り出す。
「本当は今日会社で言おうと思ってたんだけど……俺、しばらくの間、精向社でも仕事をする事になった」
思いがけない言葉に驚く。
「精向社で?」
「あぁ。叔父の病院が近隣の企業の手放した土地を手に入れて移転することになって、新病院を建設するんだ。その建物の設計コンペに精向社からも参加する。そのプロジェクトを手伝って欲しいと言われて、実は少し前から精向社で打ち合わせもしてる」
確かに最近彼が何かと一人で精向社に出向いているのは知っていた。
「叔父さんのって事は、お兄さんも務めてる病院?」
「そう。今の所彼らには俺がコンペに関わる事は言っていない。まぁ、俺が設計に携わったって採用するような甘い人たちじゃないけど、身内のよしみで採用されたとか、外から言われたくないからね。でも折角声を掛けて貰ったし、親父や兄貴みたいに病院で働く人にとっても働きやすい病院の設計をしようとしてる。結果患者さんの為にもなるから」
それから陽真は採光を程よく取り入れたエントランスやロビーをなどのコンセプトを熱心に語ってくれた。
「スタッフの動線に配慮しつつ各診療科が上手く連携出来るようにしたいと思って、あと、外来の方にも中庭が欲しいし。省エネルギーも考慮したんだよね。いろいろ複雑なんだよな」
大変なんだと言いながらも、思いを語る彼は生き生きとして楽しそうだ。
「すごい。大変そうだけど、やりがいがありそうじゃない」
「そうなんだ。それで……昨日精向社の社長からウチの社長を通じて正式に依頼が来た」
そうか、昨日史緒里が言っていた『例の話』とはこの事だったのだろう。
お互いの社長直々にというのは凄い事だ。それだけ重要視されているプロジェクトなのだろう。
陽真と彼女だけで共有しているような話しぶりだった事を思い出し胸が軋んだが、気づかないふりをする。