完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
「暫く出向で精向社を支援する。向こうはガッツリ関わって欲しいらしいけど、あくまでINOSEがメインでって言ってある。でも、向こうに行く事が増えるから、桜衣には仕事で迷惑を掛けてしまうかもしれない」
陽真は、極力君には負担はかけないようにするから、と説明した。
「え、でもそれだと……」
桜衣が言いかけたところで、陽真は話過ぎたな、とコーヒーを飲み干し腰を上げる。
「早く家に戻って着替えないと。昨日の格好のまま会社行けないだろ。園田さんには絶対俺たちの間に何かあったと思われちゃうだろうし……俺はむしろそれでもいいんだけど」
「……カップはそのままでいいから」
急に艶っぽい声で囁くものだから、思っていた事と別の言葉が続いてしまった。
「悪いな。ご馳走様」
「こちらこそ色々悪かったわね」
何ともこそばゆいやり取りをしながら玄関まで見送る。
じゃあ、と言って陽真はドアノブに手を掛けたのだが、なかなか出て行こうとしない。
どうしたんだろうと広い背中を見つめていると、おもむろに振り向いた彼が背を屈めて桜衣の耳元に唇を寄せる。
「後は、最後の一つだ」
「……っ」
彼は桜衣の頬の輪郭を愛おし気に一度撫でると、今度はすんなりとドアを開けて出て行った。
カシャン、とドアの閉まる音がしても桜衣はそのまま動けない。
どの位そうしていただろう。静かになった部屋で独り言ちる。
「……どうした、もんかな」
さっき、ストンと落ちてきた感情。
――彼の事が好きだ。
絵を見ている陽真の眼差しを見てはっきり自覚した。自分の恋心を。
あんな優しくて柔らかい顔で自分の事も見て欲しいと願ってしまった。
本当は再会後ずっと惹かれ続けていたのだろう。
昔から変わっていない物怖じしない真っすぐで誠実な性格も、努力家な所も、おにぎりを食べて嬉しそうに笑う顔も。
あの頃には無かった大人の余裕も、桜衣に見せる少し意地悪な表情も、素直じゃない自分ごと全て包み込むような優しさも。
『ずっと一緒にいたい』と願ってしまった。
「でも……強くならなきゃ」
桜衣はこれからの事に思いを馳せ、ある決心をした。
シャワーを浴びて気持ちを切り替えようと、洗面所でブラウスを脱ぐ。
(ん?昨日無意識にぶつけたかな)
鏡に映った自分の左側の鎖骨のすぐ下に薄く赤い痣のような跡がある事に気付く。
たしか昨日の朝は無かったはずだ。昨日の飲み会で酔ってぶつけたのだろうか。でも、こんな場所に?
「……まさか、ね」
そんなはずは無いと、浮かんだ可能性をすぐに否定する。
しかし、指先でそこをそっとなぞると、なぜか甘い疼きのような感覚を覚えた。