完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
悪意を持つ相手
「今更だけどアイツ、短期間でなんでこんなに得意先増やしてくれてんのよ……」
桜衣はデスクで、周りに気付かれない程度に呟く。
得意先が増える事は本来ありがたい事なのだが、こうして弱音も出てしまう。
陽真が精向社で仕事をすることになってから早1ヶ月以上たつ。
陽真の抜けた穴は思ったより大きかった。数か月しか共に仕事をしていないのに、改めて彼の優秀さを思い知らされる。
業務はある程度チームのメンバーも分担してくれたが、彼の手掛けた仕事は極力自分でやろうと思い、桜衣はまさに身を粉にして働いていた。
陽真は現在精向社の業務に専念しており、INOSEに顔を出す事も無い。当初は事務的な連絡が会社に入っていたが、最近は無いし 個人的に連絡を取り合う事もしていない。
忙しいだろうし、あんな言い方してしまったので、さすがに彼も呆れてしまったんだろう。
条件も最後を残して『ゲームオーバー』となった。
そんな忙しい毎日の中の出来事である。
取引先での打ち合わせを終えた桜衣はオフィスに戻ろうと最寄り駅の改札を出た。
陽真とふたりで行動していた時は社有車を使う事が多かったが、最近はひとりが多く、電車で移動している。
――色々な事が彼が来る前の状況になっている。
今日の訪問先は以前打ち合わせコーナーのリニューアルを手掛けたHanontecだった。
今回は会議室内の什器の更新を行いたいという話だったが、担当者は安藤では無く総務課の男性社員だった。
何でも彼女が「INOSEの倉橋さんは信頼できるから」と紹介してくれたらしい。本当にありがたい話で、こういう時に仕事を頑張って良かったと思う。
打ち合わせ中の雑談でその安藤が結婚すると言う話を聞いた。
しかもお相手はHanontec御曹司の羽野だということで、社内でちょっとした騒ぎになっているという。
あのふたりは講演会に同席くれていたが、そういう関係だったとは気付かず、何となく意外に思った。
打ち合わせ後、彼女に会う事ができたので口利きのお礼と共に『ご婚約されたんですね。おめでとうございます』とお祝いを言うと、彼女は真面目な雰囲気が一変、頬を赤らめ『ありがとうございます』と控えめに笑って答えてくれた
――とても幸せそうに。
どこか堅いイメージの彼女がはにかむ表情に、同性なのに思わず胸がキュンとしてしまった。
なるほどこれは破壊的に可愛い。あのイケメン御曹司も落ちるだろう納得した。
(うーん、可愛い子っていいなぁ、見ていると幸せになるもんね)
自分には無いものだから、無意識に憧れているのだろうか。
『――なんだろうなぁ、俺にとっては可愛い女の子なんだよね』
以前、ふたりで登山した時に陽真が言ってくれた言葉が脳裏を掠め、慌てる。
あれはきっと珍しく弱音を吐いた自分への慰めの言葉だったんだろう。
彼は言った事を後悔しているか、忘れているに違いない。
――とにかく今は考えちゃいけない。
余計な考えを振り切るように早足でビルのエントランスを抜けようとしたのだか、すみませんと桜衣を呼び止める声で動きが止まった。
「倉橋さん、ですよね」