完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
「――あなたは精向社の」
笑顔で桜衣の前に立つのは精向社社長令嬢の向井史緒里だ。
彼女は相変わらず若くて可愛らしい。着ている服も最新の流行のものといった感じで洗練されている。
仕事に忙殺されボロッとなっているアラサーの自分と大違いだ。
でも、なんで彼女は自分の名前を知っているのだろう。きちんと名乗って挨拶したことは無かったのだが、と不思議に思っていると「ちょうど良かったわ。ちょっとそこでお話しませんか?」とフロア内の商業エリアにあるコーヒーショップに誘われた。
「お仕事忙しいんですか?お顔が疲れて見えますけど」
コーヒーを購入し座るなり痛いところを突いてくる。
やっぱりそう見えるかと内心ガックリしながらどうにか笑って答える。
「えぇ、仕事は忙しいですが、大丈夫ですよ」
「倉橋さんから、彼を取り上げてしまったせいですかね?ウチに来る前は倉橋さんとお仕事をしてたんでしょう?」
彼とは誰だかはわかる。取り上げるも何も、そもそも自分のものでは無いしと、思いつつ笑顔のまま聞いてみる。
「結城は元気にしていますか?」
「あら、彼連絡していないんですか?てっきり倉橋さんには連絡しているのかと。毎日夜遅くまで事務所に籠ってプロジェクトに掛かりきりで……私は公私で彼のサポートさせてもらってるの」
(……そういうことね)
なぜ彼女が声を掛けてきたのか分かった気がした。
やはりいつかの値踏みする視線は気のせいでは無かったのだ。
親戚の縁で昔からの知り合いだという陽真と史緒里。史緒里が彼に熱を上げていてもおかしくない。
何が切っ掛けか知らないが、桜衣を敵認定して牽制を掛けてきている。
迷惑な話だ、そもそも陽真とは付き合ってもいないし、今となっては連絡すら取っていないのに。
未来が居たら怒りを爆発させそうだと、本人以上に桜衣の気持ちを慮ってくれる後輩の顔を思い浮かべる。
(未来ちゃんもこの子も可愛いけど、この子は性格がアレね)
桜衣は心のなかで盛大な溜息を付く。学生の時はよくこうして女子からの悪意を受け、そして受け流していた。
でも少しくらい言い返してもいいだろうか。
「そうですか、ウチの結城がお世話になっております。コンペが終わるまでだと思いますが、彼にあまり無理しないように言ってください。昔から人知れず頑張ってしまうところがあるので」
史緒里は一瞬顔を歪めたが、すぐに表情を余裕のあるものに戻す。
「彼はINOSEを退職してして精向社の社員になる事が決まってるんです。そろそろ父からINOSEの社長に正式に話が行くと思います」
その後、彼女から出た言葉はさら驚くものだった。
「でも、彼、最初からウチに戻ったら良かったのに。いくらINOSEが伯父様の会社だって言っても、彼の為にはならなかったのよ」
「――え、伯父?」
思いがけない事実の連続に驚く桜衣に史緒里は人の悪い笑みを深める。
「あら……倉橋さん知らされて無かったの?ごめんなさいね、随分彼の近くに居たから信頼されて、その位の事話してもらえてると思ってたんだけど……まぁ、もう彼はウチの社員みたいなものだから良いわ。INOSEの社長は陽真さんのお母様のお兄様で、副社長は従弟になるわね」
「そう……ですか」
史緒里の言う事はきっと真実だろう。
桜衣へマウントを取るだけの為に、すぐにバレるような嘘を言っているとは思えない。
彼は経営者が親戚だったからINOSEに就職したのだ。
そう考えると、今まで疑問に思っていた事に説明が付く。
(そうか……そうだったのか)