完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件

 桜衣の反応が思ってもみなかったものだったのだろう。
 怯まない桜衣の態度に史緒里はたじろいだようだ。

「な、何よ!とにかく、彼にちょっかいを出すのはやめてもらいたいのよ」

 いや、ちょっかい出すもなにも、もう1ヶ月以上一切連絡も取っていないのに。
 
(ていうか、冷静に考えてひどくない?私恋人でもないのに勝手に敵認定されて酷い事言われてるし。いったい何がこの子を駆り立てるのよ?)

 どう答えようかと困っていると、桜衣の背後に立つ人物がいた。

「倉橋さん、お疲れ~」

「え、佐野さん?」

「たまたまここで油売ってたら、ちょうど君が居たから驚いたよー」

 佐野はのんびりとした口調で言う。

「ちょっとね、立て込んじゃって、倉橋さん早く帰ってこないかなーと思ってたんだ。一緒に戻らない?」

 上司がいたなんて気が付かなかった。いつからいたのだろう。

「じゃあ、ここで油なんて売ってないで連絡くれたら良いじゃないですか……」

 文句を言いながら桜衣は席を立つ。

 史緒里の桜衣を遣り込めるという用事は終わったのだろうから、もういいだろう。

 第三者の登場にそれ以上何も言えなくなっている史緒里に軽く会釈して立ち去る。

 ちなみに立ち去り際、佐野が振り返り

「あぁそうだ、向井さん。倉橋さんはちょっかいなんて、出して無いと思いますよ。寧ろ出されていた方です。思いっきりね」

 と、笑顔で告げ、史緒里をさらに憮然とさせていたのだが、先に店の出口に向かっていた桜衣は気付かなった。



「倉橋さん、あんまり顔色良くないよ。大丈夫?」

 エレベータを待ちながら、佐野は心配気に声を掛けてくれる。
 
 さすがに、あそこまで自分に悪意を持つ相手と対峙するのは慣れていないし、疲れた。

「いえ……大丈夫です。ていうか、佐野さんもうちょっと早く出てきてもいいんじゃないですか」

 どうやら彼は桜衣の斜め後ろに座っていたらしく、桜衣からは見えなかった。
 知らずにやりあってしまったでは無いか。

(まぁ、もう今更いいけどね)

「途中で声を掛けようと思ったんだけど、言われっぱなしじゃ嫌だろうなーと思って。倉橋さんなら、ちゃんと自分で言い返すだろうと思ったしね」

 穏やかに話す佐野のメガネの越しの眼は優し気に見える。

「言えて、スッキリしただろ?かっこよかったよ」

「……前から思ってたんですけど、佐野さんて」

「え、なに、ちょっと、駄目だよ!僕に惚れちゃ。僕は奥さん一筋なんだから――」

「いいお父さんですよね」

 そっち?と大げさにコケるフリをする上司と笑いながら、桜衣は本当に職場では人に恵まれたなと思った。
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