完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
行く理由の無い場所
会社から電車を乗り継ぎドアtoドアで1時間強の場所に桜衣は住んでいる。
就職を機に移り住んだ賃貸マンションは1DKの間取りだが、独り暮らしには充分の広さだ。
いつかもう少し広いの家に住みたいと思っている。そうすると会社からもっと離れた土地にしないと家賃がかさんでしまうのが悩みどころであるが。
昔からインテリア類が好きだった桜衣は、自分好みの家具や小物に囲まれて暮らしたいというのが夢だ。
INOSEに入社を希望したのは什器や家具の事業があると言う事も大きかった。
今は引っ越す予定が無いので、マンションの物件情報を検索し、自分だったらここにはこんなリビングボードにして、ソファーは敢えて違うテイストのものを置いて……など妄想するのが半ば趣味になっている。
今の所は部屋の片隅にあるイタリアの教会で使われていたというオーク材のアンティークチェアだけが奮発して買ったこだわりの逸品だ。
この部屋では浮いてしまっているが、背もたれのくり抜かれた模様が瀟洒でありながら手作りの温かみもあってどうしても欲しかったのだ。
着替えを済ませ冷蔵庫を開け、昨日作り置きしておいた総菜類を取り出す。豆腐は冷奴にしてローテーブルと言う名のちゃぶ台に並べる。
ビールのプルトップをプシュッという音と共に空け、ゴクゴクと半分ほど流しこむ。
「あーーっ最高!この一杯の為に働いているみたいなもんねぇ」
完全にオヤジのようなセリフが出てしまう。
足を投げ出して背中側にあるベッドに体重を乗せだらりとする。
会社ではそれなりに取り繕っているが、所詮女の一人暮らしなんてこんなものだ。
部屋の白い壁にはシンプルな木の額に入った一枚の絵が飾られている。
サイズは大きくは無いが、壁が狭い為それなりの存在感を放っている。
山間の小川の横に立つ1本の大きな桜の木。満開の花びらが春の陽射しの中舞い散っている。
とても暖かくて優しいタッチで描かれている水彩画は、母から譲り受けたものだ。
このお気に入りの絵をぼんやり眺めながら飲むのが、桜衣のリラックスタイムだ。
「そういえば久しぶりに『結城』って苗字聞いたなぁ」
桜衣は独り言ちた。
日本に同じ苗字の人はいくらでもいるだろうが、久々に聞いた響きだった。
「元気にしてるかな、結城」
随分遠くなった記憶の中で、懐かしさと少しの切なさが同時に沸き起こった。