完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
 
 昔の自分と対話しているような気持になり、ネットフェンスの金網に自然と手がかかる。
 
――彼に言おう、自分の気持ちを。

 結婚の条件とか、関係ない。

 ただ、あなたが好きだと。

 つい力いっぱいフェンスを握りしめてしまっていると、横から遠慮がちに声が掛かった。

「――桜衣ちゃん?」

「……え、あなた、は……」

 驚きで、声が詰まる。

「久しぶりだね。華絵さん……君のお母さんの告別式以来かな?」

(おとうさん……!)

 同じく驚いた顔で目の前に立つ男性は、本間靖幸――桜衣の義父だった人。




「昔から美少女だったけど、すっかり綺麗になったね」

 そう笑う彼も40代のはずだが若々しく、優し気な面差しもあまり昔と変わらない。

 偶然の再会に驚いたふたりはそのまま立ち話を続けていた。
 桜衣は久しぶりにここを訪れた事を話す。

「……本間さんは、今、こちらに住んでいるんですか?」

「君たちと別れた後、すぐにこの場所を離れてたんだけど、3年前に戻って来たんだ……桜衣ちゃん。華絵さんを、君を守ってあげられなくてごめん」

「そんな!本間さんのせいじゃありません」

「僕がもっと大人だったら、心の広い男だったら、離婚しなかったかも知れないし、君たちは、引っ越すこともなかったし」

 彼は言葉を区切り、沈痛な面持ちになる。
 
「……華絵さんも事故に遭う事もなかった」

「……」

「僕たちの離婚の原因、華絵さんから聞いたことある?」

「……いいえ」

「じゃあ、君に話す前に華絵さんは……」

 そうだったのか、と、本間は遠い目をする。

「結局は、僕たちの気持ちが冷えてしまった事が原因だったんだけど、切っ掛けがあったんだ。華絵さんの遺品に絵があったろう?……桜の絵」

「はい。私の部屋にずっと飾ってあります」

「僕は、あの絵を抱きしめて隠れるように泣いている華絵さんを見てしまったんだ。問い詰めると、あの絵は、桜衣ちゃんの本当のお父さんが描いたもので、君がお腹にいる事が分かってから描いてプレゼントされたものだって」

「えっ……あの絵、が?」

 驚きで声が上ずる。あの絵は、会ったことの無い『父』が描いたもの……?
 
「君のお母さんはお父さんを心から愛していたんだ。亡くなって十数年たっていても人目に付かないように思い出を抱きしめて泣くくらい……でも、僕は言ってしまったんだ『こんなに良くしてあげてるのに、いつまでも昔の男の事が忘れられないのか』って……傲慢だよ。良い夫、父をやっているつもりで、どこか君らを蔑むような気持ちがあったんだ。そんな自分に嫌気がさした。彼女も傷つけた……あの日を切っ掛けに僕らの心に溝が出来てしまい、修復する努力をしなかった。それで、結局別れを選ぶことになったんだ」

「そんな事が……」

 知らなかった。絵の事も、離婚の切っ掛けも、母の気持ちも……

 次の言葉を出せるまで、暫くの時間が必要だった。
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