完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
桜衣が了承してからの陽真の行動は早かった。
コンビニで買い物をし、さっさと実家に彼女を招き入れると『外を歩いて冷えたから温まった方が良い』と風呂を沸かし、桜衣の着替えまで準備してくれた。
さすが仕事ができる男、結城陽真である。
気が付くと桜衣は今風呂上りで、陽真に借りた男物のトレーナーとハーフパンツというラフ過ぎる姿でこうしてリビングにいるのである。
結城家は昔ながらの日本家屋というか、お屋敷のような趣でその立派な佇まいに立ち入るのを躊躇するほどだったが、建物内は暮らしやすいようにリフォームされ、空調などは最新の設備が入っていた。
今いるリビングも床暖房が入っていて暖かい。
「普段は住んではいないんだけど、定期的に管理を委託してて、いつでも帰れるようにしてあるんだ」
陽真も風呂上がりのスウェット姿。こういうラフな姿もなんだか様になってしまうのがズルい。バランスが良い体つきだからか。
「この部屋もすごく趣味が良いわね」
「これは母親の趣味。インテリアに拘ってリフォームする時、全部取り仕切っていたから。君と話が合うかもな」
近々両親に会ってもらう事になるな、あぁでもその前に君の叔父さんの所にご挨拶に行かなきゃな……と、陽真はこれからの事について楽しそうに話す。
「そうね、結婚……するんだから、ご両親に挨拶することになるのよね」
『結婚』という事がやけに現実的に思えてくる。
「大丈夫かな、私で」
改めて考えてみると、以前史緒里に言われたように父親も誰だかわからないし、母の経歴も褒められるものではない。
桜衣自身は恥ずべきところは無いとはいえ、そういうことを気にする人間もやはりいるのは事実だ。
そう言うと彼は
「そりゃ大丈夫だろ。ウチの親そういう事まったく気にしないから。大事なのは本人が何を持っているかだろ『こんな綺麗で可愛くて仕事まで出来る嫁さん貰うのか贅沢者』って言われるだろうな」
と事も無げに言う。
「……何となく結城を育てたご両親なら大丈夫な気がしてきた」
それに、彼の両親がどんな人であれ、彼自身には関係ないのだ。
陽真は満足気に頷く。
桜衣も次第にこの場の雰囲気にも慣れて来たのか緊張が少しづつ解けていく。
皿に並ぶカマンベールチーズをつまみ、ビールをこくんと飲む。
「それにしても、なんだが不思議ね。引っ越す時はもう会う事も無いと思っていたのに、この街にふたりでいるなんて。そもそも、結城がウチに入社しなかったら再会することも無かったしね……そういえば、結城は伯父さんの会社だからに入社したの?」
将来伯父や従弟と共にINOSEを経営するために入社したのだろうか。
もし、新卒で入社していたら同期として再会していた可能性もあったのだろうか。
陽真は「……あー」と視線を逸らし頭を掻くようなしぐさをする。
「……俺がINOSEに入社したのは、君がいたからなんだ」
「え、どういう事?」
目を瞬かせる桜衣に彼は少し言いづらそうに説明する。
「和輝に君の話をしたことがあったんだ『”桜に衣” と書く綺麗な名前の女の子の事が忘れられない』って」
去年の夏に陽真がオランダから一時帰国した際に和輝と2人で飲むことがあった。
『お前、決まった相手は居ないのか?』と聞かれて初恋の女の子の話をした。
陽真も和輝も周囲からそろそろ結婚しろと煩く言われるようになっていたから、そんな話題になったのだと思う。
『本間桜衣』という女の子の話。誰にも話したことの無い気持ちを初めて零した。
「――その後、INOSEに君がいるって和輝から聞いてオランダから飛んで帰って来たんだ。元々ウチに入社しろと言われていたから、アイツは君をダシに俺をこき使う気満々だったけどな」
驚く桜衣に苦笑して続ける
「ちなみに、なんで和輝が君の存在に気が付いたかと言うと、園田さんが和輝に君の話をしたのが切っ掛けらしい。あの2人幼馴染らしいな」