完璧な彼が初恋の彼女を手に入れる5つの条件
2番目の内縁相手と破局した後、男が諦めきれずにストーカーになりかけた為、身の危険を感じた母は弟、桜衣にとっての叔父の勧めもあり、桜衣を連れて東京から離れた土地に移り住んだ。
母はそこで家具店の事務の職を得た。
母と二人の暮らしは金銭的には楽では無かったが、桜衣は他人の男に気を使わないで済む生活がありがたかった。
しかし、母はそこでまた男性と恋に落ちる。
相手は仕事先の家具店で働く年下の営業マンだった。
彼を紹介された時、桜衣は内心、『もういい加減にしてくれ』と引きまくっていた。
だが例によって彼に夢中になってしまっている母が幸せそうで、何も言えなかったのだ。
しかし、桜衣の予想に反してこの相手が至極まともだった。
歴代の「父」の中で断トツだ。
母より年下だったが温厚で、収入も安定していた。
桜衣が中学に入学する少し前、ふたりは籍を入れて、桜衣も義父の姓である『本間』を名乗り、アパートから新居であるマンションに引っ越し3人で暮らすようになった。
優しい人だった。努力してくれていたのだろう。
警戒する桜衣に根気強く話しかけてくれ、少しずつ心を開いてくれた。
休日は一緒にテーマパークに行ったり、旅行にも連れて行ってくれた。
桜衣は初めて「家族」ってこういうものなのかな、と感じていた。
今思えばあの地で過ごした中学生の一時期が、一番幸せだったのかも知れない。
義父には感謝している。多感な中学生時代に束の間だが安定した家庭環境を提供してくれた。
移り住んだ土地は田舎とまでは言わないが、日本家屋や昔ながらの蔵を持つ家があったりする情緒あふれる街並みだった。
穏やかに流れる美しい川もあり自然も豊かだった。
暮らす人も優しく、中学では友達もいて、部活に夢中になって汗を流して。
あの街の景色が、今でも桜衣の中で幸せの原風景のようになっている。
――もう今では行く理由の無い場所だけど。