かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
……『きみになら娘を任せても構わない』だなんて、買いかぶりもいいところだ。

人間関係を築くうえで、昔からずっと“大企業の創業者一族”というしがらみがまとわりついている。
俺が【Billion】社長の息子だと知るなり擦り寄ってくるような奴らは男女問わず一定数いて、俺はそんな人間と出会うたび辟易してきた。
恋人と呼べる存在がいたことはあっても、これまでずっと、心をさらけ出して女性と深く付き合えた試しがない。

だってどうせ、こんな俺の行き着くところは決まっている。
きっと自分は家庭を持ったところで、あの父のようにしかなれないはずなのに──。

そう考えてふと、思考が止まる。

……そうだ。あの人のようにはなりたくない。
けれども今朝あった電話の調子だと、本当にそのうち、父は自分が見繕った女性を俺にあてがおうと画策してくるかもしれない。

考えただけで頭が痛くなる。子どもじみた反抗心だと言われようが、あの人の思い通りになることだけは、絶対に嫌だった。
ならばそれよりも前に、自分で相手を探していた方がいいのではないか?

こちらの出す“条件”を飲んで、その通りに振舞ってくれる“協力者”。
愛し愛される関係ではなく、利害の一致で“夫婦”を演じる“共犯者”。

父だけじゃない。三十を過ぎてから、周囲の口から『結婚』という単語を聞くことが圧倒的に増えた。
煩わしいそれらをなくせるのなら、悪い話じゃない。


「……わかりました。私がお嬢さまに気に入っていただけるかはともかく、こんな私でよければぜひお願いします」


この立花専務の娘なら、きっときちんと躾られた女性のはずだ。

協力者が非常識な人間では困る。ひとまず一度会ってみようかと、打算塗れの考えをひた隠しにこやかに微笑みながら答えた。
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