かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
初めてだ。こんなにみっともなく、ひとりの女性に執着するのは。

今だって、そう。名前も知らない少年へと向けられた優しい笑顔に、どうしようもなく焦がれる。

膝を擦りむいてべそをかいた少年に彼女がした対応を見て、充分に想像できた。きっとこの女性はいい妻──いい母親に、なるはずだと。
同時に、彼女の隣に自分じゃない別の男が夫として寄り添う姿を思い浮かべて、その思考に胸糞が悪くなる。

……だから。


「ごめんなさい奥宮さん、私……っ」


だから、少年を見送ってハッと気づいたようにこちらを振り返った彼女を見つめながら、ついつぶやいていた。


「……嫌だな」


嫌だ。このひとが、他の誰かのものになるなんて──そんなのは、絶対に嫌だ。
空想の相手に嫉妬するとは、馬鹿げているしこのうえなくダサい。
だからその場は誤魔化すように、俺のこぼしたひとことで目を見開く彼女の意識を、そばにあったジェラートの移動販売車に向けさせたのだ。


彼女に惹かれていく中で、どうしても見過ごせない違和感があった。

それは当初の調べと実際に会って話をする彼女との間に、あまりにもギャップを覚えることだ。

違和感は次第に疑念へと変わり、そうしてあるひとつの仮説にたどり着いた。

まさかとは思ったが、もはやそれしか考えられない。
俺が見合いの席で会ったのは、立花くれはではなく──実は、姉の立花ことはだったのではないか?
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