かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「きっと、もう一度だけ会ったら」
「さっき、瀬古くんと奥宮くんからそれぞれ連絡があった。ふたりとも、今回の話を進めたいそうだ」
少し遅れて夕飯の食卓に登場した父が、ダイニングテーブルのいつもの席につくなり淡々と告げた。
その言葉を聞いた直後、私は箸でつまんでいたはずのきんぴらごぼうをポロリと落としてしまう。
横を見れば、くれはも私と同じような唖然とした顔で、醤油差しを片手に固まっているところだった。
「あら~ふたりともおめでとう! 式は和装がいいかしら、洋装がいいかしら!?」
あまりに気が早いはしゃいだ声を上げる母はさておき──父が言った瀬古くんとは、今日の午前中、私が奥宮さんと一緒にいたのと同時に別の場所でくれはが会っていた、父の部下の男性のことだ。
え、つまり……私もくれはも、当初の目的を達成できなかったってこと?
呆然と固まったままの私たちに構わず、父はキッチリ両手を合わせて「いただきます」と言ってから箸を取り、話を続ける。
「彼らの連絡先を教えるから、あとは本人同士でやり取りしなさい。これからのことはもう、結婚までどんな付き合いをしようがおまえたちにすべて任せる」
「ま……待って、お父さん。ほんとに? ほんとに私たちふたりとも、振られなかったの?」
ようやくくれはがしぼり出した声は、動揺からかわずかに震えていた。
ゴクリと生唾を呑み込む私の視線の先で、父はいとも簡単にうなずく。
「ああ。なんだくれは、奥宮くんが結婚を辞退したくなるような粗相でもしたのか?」
「そっ、そういうわけでは、ないけど」
父の言葉に、くれはが一応は否定しつつチラリとこちらを見た。
私はただひたすら困惑して、彼女と視線を交わらせるのみだ。
「何はともあれ、ことはもくれはも話がまとまりそうで良かった。まあ……もともと心配はしていなかったが」
後半のセリフは若干独り言のようなくぐもった声でつぶやき、味噌汁をすすった。
父は昔から厳しい人だけれど、なんだかんだこういうところに親としての愛情というか、子煩悩ぶりを感じる。
とはいえ、今の私に何気ない父の言葉でほっこりしている心の余裕はない。
ウキウキと「明日のお夕飯はお祝いね~!」なんて笑顔全開で話す母の声を、どこか他人事のように聞いていた。