かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
くれはは──妹は、多少頑固で自分の意見を簡単に曲げないところはあるけれど、ここまで周囲を巻き込みながらも、その頑固を押し通す人間だっただろうか?

今日、奥宮さんたちを騙して、思いがけなく見合い話が進むことになって。
本来なら今、このタイミングで……私たちは奥宮さんと瀬古さん、そして父や母に自分たちのしでかしたことを明らかにし、謝罪するのが正しい選択のはずだ。

だけど──それをしたらきっと、もう本当に奥宮さんとは二度と会えなくなってしまうだろう。
そう考えると、正解なはずの選択肢をくれはに提示することがどうにもできなくて……私は、自分の手の中にあるメモに視線を落とす。

この番号に連絡すれば、また、あのひとと話すことができる。
間違っていると知りながら、その事実が私の胸を高鳴らせた。


「……うん、わかった」


そうして私は顔を上げて、くれはと目を合わせながらうなずく。


「そうだね。きっと、もう1度だけ会ったら、わかってくれるよね」
「そうそう! 瀬古さんたちも、気の迷いだって気づいてくれるって!」


やはり明るくそう話すくれはが、私の答えになんとなくホッとした表情を浮かべたように見えたのは、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

だけどたぶん……くれはも私と同じように、何か言葉にはしていない気持ちを抱えている。そのことはなんとなく察しながら、あえて問いただしたりはしなかった。


「それじゃあ、とりあえず連絡取ってみよ! お父さんが教えてくれたのは電話番号だけど、やっぱりSNSからメッセージ送る感じ?」
「あ、でもそれじゃあ、私とくれはの名前が相手のトーク画面にも表示されちゃうよね?」
「あー、じゃあアカウントのプロフィールをいじって、ふたりともイニシャルだけとかにすれば……」


お互い様な私たちは、自分のことを棚に上げて相手の本音を聞き出すのはフェアじゃないとちゃんとわかっている。

だから互いが抱える秘密は見て見ぬフリをして、今はただ入れ替わりが続くことに──また彼らに会えることに、心の奥底で安堵していた。
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