かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
もう、潮時だ。これ以上の深入りは、ダメだ。

──そう、わかっているのに。


「っあ、あの、奥宮さん……」


目を合わせられずに視線を泳がせながら、名前を呼んだ。
彼は私のたどたどしい態度にも、優しく「ん?」と応えてくれる。
それが本当にうれしくて、ドキドキが高まっていく。


「あの、マスターに……その、営業時間外にお店を開けてもらうのは、やっぱりすごく悪いので……」


覚悟を決めるように、ひざに置いていた両手をぎゅっと組む。

そうして私は、思いきって彼を見上げた。


「だから、昼間じゃなくても……っ夜でも、大丈夫、ですから」


奥宮さんが僅かに目を見開く。
恥ずかしさに耐えかねて、私はまたパッと視線を落とした。


『もしかして、警戒してる? 夜の約束はまだダメかな』
『あ……』
『わかった、じゃあこうしよう。ワインは、夜じゃなくてまた休日の昼間に来て楽しもう。それなら許してくれる?』


──伝わっただろうか。
今の私の言葉は、あのときのやり取りを訂正するものだってこと。

きっと、これまでの“立花ことは”だったら言えなかった。
だけど今の私は、“立花くれは”だ。くれはなら、自分の気持ちの変化をきちんと相手に伝えられるはず。
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