かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
……ああ、でも。
言うなら、今なんじゃないかな。

今、言ってしまわなければ……この先も、タイミングを逃してしまうのではないか。急にそんな思いが込み上げてきて、奥宮さんの胸もとに置いた左手が無意識にこぶしを作る。


「あ、の、奥宮さん──」


思いきって、顔を上げた。

それは、自分の最低な嘘を告白するためだったはずなのに。
見上げた先にある彼の瞳があんまりにも自分をいとおしそうに眺めていることに気づいてしまって、息を呑んだ。


「……どうしてだろうな」


私を見つめたまま、甘い瞳でささやく。


「やることなすこと、きみの全部がかわいい。……誰にも渡したくない。全部、自分のものにしたい」


そうして奥宮さんは、ただでさえ近い距離を埋めるようにひたいを合わせてきた。


「きみが心を許してくれるまでは“お試し”に徹しようと思っていたけど……そろそろ、限界。俺は、どうしたら許される? もう、今だって、すぐにでもキスしてしまいたいのを必死で我慢してる」
「……っ、あ」
「ダメ?」


言葉を失う私の前で奥宮さんが私の右手を持ち上げ、捕らえた手のひらに頬ずりする。

意思の強い瞳に射抜かれ、魔法にかけられたように動けない。

だけど、私だって限界だった。罪悪感の箱の中に抑え込んでいた彼への想いが、今この瞬間一気にあふれて──もう、隠し通すことなんてできなくなる。
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