かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
首をめぐらせた瞬間に奥宮さんが浮かべていた微笑みは、私の姿を確認するなり驚きの表情へと変わっていた。

目を見開いて椅子に座ったままこちらを見上げる奥宮さんのその顔が、今朝夢でみたものと重なる。

私は堪えきれずに、視線を床に落とした。


「すみません、奥宮さん──本当の私は、“こっち”なんです」


申し訳程度の薄いメイク。簡単にひとつにまとめただけの髪。色味の少ない地味な通勤服。
今私は、本来の“立花ことは”としての自分で──初めて、奥宮さんと対面したのだ。

彼の顔を見られないまま「失礼します」とつぶやいて、向かい側の椅子に腰を下ろす。
そして奥宮さんが口を開く隙を与えず、矢継ぎ早に話し始めた。


「あの、今日はお仕事のあとで疲れているところお呼び立てしてごめんなさい。その、話っていうのは、今の私のこの見た目にも関係してることで──」
「待って。立花さん、少し落ちついて」


思いがけなく言葉を遮られ、私は泣きそうな気持ちのまま顔を上げた。

正面に座る奥宮さんは、予想外に穏やかな苦笑を浮かべていて。私と視線が合うと、ホッとしたように目を細める。


「とりあえず、場所を変えようか。近くのパーキングに車を停めているから、そこに行こう」


……たしかに、こんなに大勢の人がいる中で話すことではないかもしれない。

奥宮さんの言葉で、素直にうなずく。彼に手を引かれるがまま、私はついさっき腰を下ろしたばかりの椅子から立ち上がるのだった。
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