お行儀よく沈んでよ
性悪。愉快犯。狂人。
「泣いてる?」
「泣いてないし、」
「残念」
「悪趣味」
足りてない塩分と水だけが、爪先を撫でて、抱きつく腕に力を込める。
そうしていないと、簡単にすり抜けていきそう。海。おまえが原因。
「それでこれは何? ただ嫌がらせをしたかっただけ? 場合によっては流血沙汰に持ち込むわ」
「わあ物騒。でも安心して、これは俺からゆきみちゃんへの “ お願い ” だったから」
お願いって。
「私が得するものだって聞いてたけど」
「得したでしょ?」
波がちいさく唸る。風が鳴る。
保科の声が、ちょっとだけ、おとなびて。
認めたくないから思考を混ぜた。
「ゆきみちゃんは、いつも周囲に委ねてる」
「だって近道だから」
「そのくせ違いを見つけて苦しんでる」
「周りと違うと焦るの」
「自分のことを素直に認めて愛してない」
「そういうのはどうでもいい」
自己愛より自尊心より。
ずっと苦い劣等が、いちばん弱いところでわらうから。
保科の言葉がぜんぶそれを射てくるから。
「きみは可愛くない」
──言われなくても。