お行儀よく沈んでよ



性悪。愉快犯。狂人。




「泣いてる?」


「泣いてないし、」


「残念」


「悪趣味」




足りてない塩分と水だけが、爪先を撫でて、抱きつく腕に力を込める。


そうしていないと、簡単にすり抜けていきそう。海。おまえが原因。




「それでこれは何? ただ嫌がらせをしたかっただけ? 場合によっては流血沙汰に持ち込むわ」


「わあ物騒。でも安心して、これは俺からゆきみちゃんへの “ お願い ” だったから」




お願いって。




「私が得するものだって聞いてたけど」


「得したでしょ?」




波がちいさく唸る。風が鳴る。


保科の声が、ちょっとだけ、おとなびて。


認めたくないから思考を混ぜた。




「ゆきみちゃんは、いつも周囲に委ねてる」


「だって近道だから」


「そのくせ違いを見つけて苦しんでる」


「周りと違うと焦るの」


「自分のことを素直に認めて愛してない」


「そういうのはどうでもいい」




自己愛より自尊心より。


ずっと苦い劣等が、いちばん弱いところでわらうから。


保科の言葉がぜんぶそれを射てくるから。




「きみは可愛くない」




──言われなくても。









< 21 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop