お行儀よく沈んでよ



「……保科」


「違うって気づいたときから、俺、ゆきみちゃんしか見えねーの」




苦しい、のに、全然嫌じゃないってこういうこと、なのかなあって散々読んできた少女漫画を思い出す。告白シーン。甘酸っぱい。


シチュエーションもすべて当てはまらないくせに、簡単に苦しい。


だけどずっと、崖から飛び出したときくらい、鼓動がはやくてしかたないから。




「保科、」


「なに」




ぎゅうって、きつく抱きしめる。




「アンタってほんとに悪趣味!」




ねえ、知ってる? うちらのクラスの女子、可愛い子が揃い踏み。顔面偏差値高すぎる。


沙優ちゃんだってすっごくモテる。


ねえ、だから。悪趣味。


可愛くない上に面倒くさい私を選ぶなんて。




「最高の褒め言葉じゃん」


「はぁ、もうそれでいいよ…」




保科がわらってる気がした。


あの口端だけ持ち上げた笑顔じゃなくて、飛び降りたときみたいにやさしく穏やかな微笑み。


それがいいって駄々を捏ねた。あのとき私は、すこし息が詰まるくらい、きみしか目に映らなくて。


脳裏で鮮明に閃く瞬間を、海の温度と一緒に覚えていようと、容量オーバーの頭を軽く振った。




「ゆきみちゃん、返事」


「…今言わなきゃだめですか」


「今じゃなかったらいつ言うわけ?」




漸く足がつくあたりにきたらしい。


そのまま私の膝裏を支えて、背負う彼は、すこし蹌踉けそうに体勢を直す。




「じゃあ、 “ お願い ” 」









< 24 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop