微温的ストレイシープ
「……あっ」
思わずうわずった声をあげてしまう。
さっき、わたしたちがいた3階。
窓枠に足をかけている男が、いまにも降りてこようとしていたから。
「あぶな──────……」
ほぼ落ちるようにして男が降りてくる。
地面に着地する前にわたしの視界が暗くなった。
廉士さんの手で塞がれたんだ。
最後に聞こえたのは、
「……あーなるから」
重々しい廉士さんの声と、
──────ぐしゃり、
男の“着地”した音だった。
たぶん、このときの音は一生忘れないと思う。
もう遅いけど、耳を塞いでおけばよかった。
廉士さんの手が離れていって、わたしは必死にその場所を見ないように顔を背ける。
きっともうすぐ建物のなかから追っ手が出てくるだろう。
そのまえに、とわたしたちは走り去ろうとしたんだけど。
「っ、」
「どうしたんですか?」
「なんでもねぇ」
足を踏み出した廉士さんが一瞬、立ち止まった。
見上げた顔はどこか歪んで見えたけど、何事もなかったように前へ進むから。
わたしもそれに続いたのだった。