微温的ストレイシープ
「ゆ、ユキノさんも、さっきの人も、わたしを追っていた人たちも……みんな同じことを言ってました」
「だから、なんて」
「いい匂いがする。甘ったるい匂いが、わたしからする。って」
灰色に覆われていた空の一部だけが、手で払ったように薄くなったみたいだった。
わたしの頭のなかに広がる分厚い雲。
その向こうにあるのはまぎれもなく、失われた記憶。
まるで日が差し込むように、光の雨が地面を濡らす。
「……ああ、そういうこと」
黙っていた廉士さんが、そっとわたしから離れていった。
傷だらけの顔はどこか穏やかで、優しくて
……でも、でも。
「安心しろ。ヨユーで無臭だから。なんの匂いもしねーよ」
「廉士さん……」
「つか、自意識過剰」
そう言って笑った廉士さんの瞳は、
──────すこしだけ霞がかっていた。